感染症対策も「公共財」。経済学の手法で各国の自発的な取り組みを引き出す

経済学部の青木研教授は、人間の安全保障をグローバル公共財の視点で捉える研究に取り組んでいます。人の命や尊厳を守る人間の安全保障の問題を、国際関係論や国際政治ではなく、経済学の手法で分析する意義について語ります。

人間の安全保障は、人間一人ひとりの命や尊厳をさまざまな脅威から守ること、そしてそれが可能になる社会をつくることを目的とする概念です。かつては紛争地域や途上国の人々がその対象とされていましたが、グローバリゼーションにより国境を越えて人間の尊厳が脅かされるような事案が増加したことに伴い、昨今は実質的に世界中の全ての人がその対象になっています。

公共財とは、多くの人が対価を支払うことなく同時に利用できるものやサービスを指す経済学用語です。そのなかでも有益性が国境を越えて供給・利用されるものはグローバル公共財と呼ばれ、国際通貨制度や自由貿易システムのほか、近年は感染症の蔓延を防ぐワクチンや地球温暖化などの環境問題対策も、グローバル公共財に当たるとする考え方が主流となっています。感染症や環境汚染は人間の命を脅かすものであり、その脅威からの安全を保障される便益は、国境を越えて全ての人々が享受すべきグローバル公共財に当たると考えられているのです。

公共財の過少供給を防ぐ仕組みづくりが課題

人間の安全保障の概念を、グローバル公共財の切り口で捉えることの意義は、人間の安全保障に関して生じる問題の解決に、経済学の手法を適用できることです。例えば、低所得国の感染症対策として国際社会が連携してワクチンを供給する場合、その負担を各国の判断に委ねてしまうと、自らは負担をせず、他国により供給されたものにただ乗りする国、いわゆるフリーライダーが出現し、ワクチンは過少供給の状態に陥ることが予想されます。

国内でのみ利用される公共財の場合は、それぞれの国の政府主導で問題解決が可能ですが、ワクチンのようなグローバル公共財は、フリーライダー問題を解決する世界政府が存在しないため、それぞれの国が自発的に供給を行いつつ、互いに協調して全体的な供給数を上げる方策も考える必要があります。各国が自発的に行動を取るようになる仕組み、つまり「誰かがやってくれるから、自分は何もしなくてもいい」と考える国が出てこない仕組みを構築するには何をすべきか。それを考えるのが、私の研究の目的です。

経済学は世の中のさまざま問題に“効く”学問

研究では、これまでにどのような性質のグローバル公共財が、どのような制度の下で供給されたのか、そしてそれはうまくいったのか、いかなかったのかといった事例分析を重ねつつ、それらをゲーム理論、囚人のジレンマといった経済学の理論やシミュレーションの技術へと落とし込んでいきます。毎回「この問題は、こういう考え方で解決できるのではないか」という仮説を立ててから研究に臨みますが、初めからうまくいくことは、そうそうありません。でも、この難しさこそが、研究を続ける原動力。苦労の末、自分の思った通りの結果にたどりついたときに得る驚きと感動は、若い頃も今も同じです。

経済学というと、景気について討論をする学問というイメージがあるかもしれませんが、それは一つの側面にすぎません。経済学は世の中のいろいろな問題解決に“効く”奥深い学問だということも、この研究を通じて伝えていきたいと思っています。

この一冊

『精神と物質』
(立花隆、利根川進/著 文藝春秋)

ノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学者、利根川進氏へのインタビューをまとめた本。破天荒な人柄の利根川氏が、自らの研究に対して抱く野心、情熱に圧倒されます。私のなかの「偉大な科学者」のイメージを大きく変えてくれた一冊です。

青木 研

  • 経済学部経済学科
    教授

山形大学人文学部経済学科卒、上智大学経済学研究科博士後期課程単位取得退学。修士(経済学)。東京都立大学経済学部助手、スタンフォード大学 APARC ポスドクフェロー、上智大学経済学部講師、准教授を経て、2010年より現職。

経済学科

※この記事の内容は、2022年10月時点のものです

上智大学 Sophia University