デジタル化が進む販促戦略に一石を投じる結果
研究の要点
- 印刷版クーポンとオンライン・クーポンが消費者の行動反応に与える影響の違いについて大規模実験を実施。
- 印刷版クーポンの方が5倍以上高いクーポン償還率。
- 特にブランド・アタッチメント(ブランドへの愛着)が低い顧客において印刷版の有用性は高い。
上智大学経済学部経営学科の外川拓准教授、早稲田大学商学学術院の石井裕明准教授、神奈川大学経済学部経済学科の權純鎬(Kwon Soonho)助教、東京国際大学商学部の平木いくみ教授、早稲田大学商学学術院の恩藏直人教授の研究チームは、印刷版クーポンはオンライン・クーポンよりも利用率が高く、印刷媒体による利益増加はそのコストを相殺して余りある可能性もあることを突き止めました。これは、伝統的な印刷媒体の有効性を再評価する必要性を示唆する結果です。
デジタル時代のマーケティング戦略として、オンラインでの販売促進(以下、販促)を活用する動きがますます広がっています。一方で、販促に用いるメディアの種類がプロモーションに対する消費者の行動反応にどのような影響を与えるかに関する研究はまだ十分に進んでいません。
そこで本研究では、『オンライン媒体よりもオフライン媒体(つまり印刷物)による販促の方が、より効果的に消費者の行動反応を誘発する』という仮説を立て、これを検証するために、オンライン版と印刷版のクーポンを配布する大規模フィールド実験と実験室実験を実施しました。
検証の結果、 印刷版クーポンはオンライン・クーポンに比べて、クーポンの内容に対する顧客の認知的エンゲージメントを高め、顧客の行動反応(すなわち、クーポン償還)を引き起こすことが示されました。特にフィールド実験では、印刷されたクーポンを顧客に送った場合、オンライン・クーポンのみを送った場合よりも償還率が 5 倍以上高くなりました。また、印刷版クーポンの制作に関わるコストを推定し、推定される利益と比較したところ、利益の方が上回る可能性も示唆されました。さらに、こうした印刷版クーポンで期待される販促効果は、ブランド・アタッチメントが低い顧客において特に顕著であることも明らかになりました。
本研究は、ブランド・アタッチメントの低い顧客の行動的反応を誘発するうえで、印刷媒体の活用が有効であることも示唆しています。これは、プロモーションの対象顧客や目的に応じて、それぞれの媒体の長所を最大化するような組み合わせを検討する必要性を強調する成果です。
本研究成果は2024年12月1日、国際学術誌「Journal of Advertising Research」にオンライン掲載されました。
研究の背景
デジタル化の流れを受け、企業はモバイルアプリやSNS、ダイレクトメールなどを利用したオンライン販促への投資を加速させています。しかし、心理学などの分野では、同じ文章でも、印刷物で読んだときのほうが画面で読んだときに比べて人の記憶に残りやすい、そして理解が促進されるという傾向も明らかになっています。マーケティングに関する一部の研究でも、印刷媒体を活用したプロモーションはオンライン・プロモーションよりも消費者の評価や認知にポジティブな影響を与えることが示されています。しかし、メディアの種類が販促に対する消費者の(理解度や評価などではなく)実際の行動反応にどのような影響を与えるかについては、まだあまり研究が進んでいません。
また、印刷媒体がどのような層に効果的なのかという点についても解明を図りました。本研究では、ブランド・アタッチメント(販促ブランドに対する心理的な結びつき)の役割に注目し、①オフラインとオンラインの販促メディアの違いは、消費者の販促に対する行動反応にどのように、またなぜ影響するのか、②ブランド・アタッチメントは①の効果にどう影響するか、の2点を検証することを目的に、大規模フィールド実験と実験室実験を実施しました。
研究結果の詳細
本研究では、認知的エンゲージメントの役割に焦点を当て、研究を行いました(図1)。認知的エンゲージメントとは、消費者がメッセージを理解するためにどの程度の認知的リソースを割くかという程度を指し、認知的エンゲージメントが高まることでメッセージへの理解が深まり、行動が誘発されやすくなることが従来の研究で分かっています。また、これまでの研究から、オンライン媒体でメッセージを読もうとする際、デバイスの操作や情報の配置場所の把握などのために多くの認知的リソースを必要とすることが示唆されています。そこで外川准教授らは、印刷媒体の方がメッセージ内容を処理するためにより多くの認知的リソースを割り当てることができ、その結果、より大きな認知的エンゲージメントが得られると仮定し、本研究計画を立案しました。
また、ブランド・アタッチメントが弱い消費者(すなわち、販促ブランドに対して心理的な結びつきを感じていない消費者)は、オンライン媒体で販促情報を理解するために、多くの認知リソースを割り当てる動機が弱いといえます。そのため、オンライン媒体が認知的エンゲージメントに与えるマイナスの影響(つまり、媒体間の効果差)は、ブランド・アタッチメントが弱い消費者ほど顕著になると予想されます。一方、ブランド・アタッチメントが強い消費者(すなわち、販促ブランドに対して心理的な結びつきを感じている消費者)は、認知リソースが消耗しやすいオンライン媒体であっても、積極的にメッセージ内容を理解しようとする動機が強いため、媒体の影響は受けにくいと考えられます。

本研究では、実際の販促キャンペーンにおける大規模フィールド実験を、富士フイルム株式会社からの協力を得て実施しました。クーポン付きのダイレクトメールを、郵便による印刷版と電子メールのいずれかで、顧客7,500人に2回送付しました。クーポン利用履歴を記録したデータを解析することで、媒体タイプが行動反応(クーポン利用行動)に及ぼす効果を検証しました。
その結果、2回のうち印刷版クーポンを一度送ったグループは、一度も印刷版クーポンを送っていない(つまり、2回ともオンライン・クーポンを送ったグループ)よりも償還率が 5 倍以上高くなるという結果が示されました(図2)。また、その後の追跡調査により、印刷版クーポンを開封した顧客は、オンライン・クーポンを開封した顧客に比べて内容に対する認知的エンゲージメントが高く、この違いがメディア間の効果差を説明するメカニズムになっていることも明らかになりました。これは、『印刷版クーポンはオンライン・クーポンに比べて、クーポンの内容に対する顧客の認知的エンゲージメントを高め、顧客の行動反応を引き起こす』という仮説を支持する結果です。また、印刷版クーポンの制作に関わるコストを推定し、推定される利益と比較したところ、利益の方が上回る可能性も示唆されました。さらに、こうした印刷版クーポンで期待される販促効果は、ブランド・アタッチメントが低い顧客において特に顕著であることも明らかになりました。

一方で、これらの結果はフィールド実験で得られたものであることから、メディア以外の要因(例えば、クーポンを見たときの環境、デバイスの違いなど)がノイズとして結果に影響を及ぼした可能性も残ります。そこで、研究チームは127名の大学学部生を対象に、あらゆる条件が統制された実験室実験も実施しました。その結果、実験室実験においても、フィールド実験と同様、印刷媒体の効果は再現されました。
本研究の責任著者である外川准教授は「ブランド・アタッチメントの低い顧客に対して、印刷媒体が有効なマーケティング・ツールであることが示されたことは、販促戦略を考える上で重要な成果だと思います。一方で、印刷媒体がすべての面でオンライン媒体より優れているとは考えていません。例えば、印刷媒体は認知的エンゲージメントを高めるものの、効果の即時性や顧客反応の測定可能性の点では、オンライン媒体のほうが優れている可能性もあります。今後は、販促やプロモーションの目的に応じて、それぞれの媒体の長所を最大化するような組み合わせを検討することがますます重要になってくるでしょう」と本研究の意義を語っています。
本論文は、著者らが所属する早稲田大学マーケティング・コミュニケーション研究所が日本郵便株式会社からの研究費を得て実施した共同研究の成果の一部をまとめたものです。本論文で示された見解は著者自身のものであり、研究費提供者の見解を反映したものではありません。
論文名および著者
- 媒体名
Journal of Advertising Research
- 論文名
Effects of Offline Versus Online Promotional Media on Consumer Response. Can Print versus Online Coupons Be More Effective At Increasing Redemption Behavior?
- オンライン版URL
- 著者
Taku Togawa, Hiroaki Ishii, Soonho Kwon, Ikumi Hiraki, Naoto Onzo
本リリース内容に関するお問合せ先
上智大学 経済学部 経営学科
准教授 外川 拓 (E-mail:togawa@sophia.ac.jp)
報道関係のお問合せ先
上智学院広報グループ
sophiapr-co@sophia.ac.jp