経済学部のマティアス・シュレーゲル准教授は、革新的なマクロ経済モデルを用いて従来のモデルでは困難なゼロ金利下での経済ダイナミクスを研究しています。研究の背景には、日本が20年以上にわたり維持するゼロ金利政策があります。失業率の低さと賃金の低迷が特徴的な日本の労働市場のダイナミクスや、信用拡大と信用破綻が総需要に与える影響について考察しており、今後は開放経済、過剰供給、不平等分析などにも研究を拡大する予定です。
私の専門はマクロ経済学、金融市場、国際金融で、金利がゼロのときの経済ダイナミクスを中心に研究しています。2000年代後半の世界金融危機の際、学生だった私は、欧米がゼロ金利政策を導入するのを目の当たりにしましたが、それは日本がすでに10年間維持していた政策でもありました。日本の経験は、長期間のゼロ金利下で経済がどのように機能するか、欧州にとって貴重な教訓を与えています。
金利は貯蓄と投資のバランスをとる値で、低金利は貯蓄が増え、投資が少ない状態を示します。日本では平均寿命が延び、退職金制度の縮小で、貯蓄が増え、人口動態の変化で投資の機会が減少しています。日本のゼロ金利政策は、こうした構造的問題による負の結果です。同様の傾向は欧州でも見られ、人口動態の変化と規制で投資のインセンティブが制限されています。低金利が貯蓄のリターンを減らし、平均寿命が延びることで年金制度の負担が増える-この構造的問題は銀行と社会保障制度の課題を浮き彫りにしています。
ゼロ金利下での労働市場と信用拡大・信用破綻

大阪大学の小野善康教授が開発した経済モデルにより、標準的なマクロ経済モデルでは不可能だったゼロ金利下での経済分析が可能になりました。このモデルを活用し、物価や賃金の停滞、日本が経験した経済成長などのゼロ金利下での経済要因などが分析されています。
これらのモデルを用いて、失業率が低いにもかかわらず賃金が低迷している日本の労働市場について調査すると、非正規雇用などによる過少雇用が顕著で、低失業率が賃金を押し上げる力になっていないことがわかりました。
信用拡大と信用破綻の影響についての分析も行なっています。1980年代、日本は株価や地価が高騰するバブル景気で、世帯の借り入れが膨らみました。米国も同様で、資産価格の上昇が借り入れを促して資産価値は高騰しましたが、資産価格が下落すると借り手は借金返済のために消費を減らし、需要は落ち込みました。景気低迷で株価や住宅価格が上昇する場合、ゼロ金利は金融の不安定化やバブル形成につながってしまうことがモデルで示されました。自己修正による自然回復が望める普通の不況とは異なり、ゼロ金利時の経済にはそのような回復メカニズムがないため、苦境が長引くのです。
開放経済、不平等、供給サイドの影響を探る研究が今後の社会に果たす役割
今後予定しているプロジェクトの一つは、私たちのモデルを開放経済に応用し、ゼロ金利の国とそうでない国の為替レート、得意とする生産物、生産オフショアリング、国際貿易、労働力の流動性について比較調査するというものです。もう一つはモデルにリスクと流動性を組み込み、ポートフォリオ配分を決定するための金利スプレッドを検討することで、不平等の解消を試みます。さらに世帯や企業の支出、教育への投資、人的資本、人口増加、技術の進歩、技術革新のインセンティブなど、さまざまな供給サイドへの影響についても探求していきます。
私たちはゼロ金利環境に対応でない金融危機以前の従来のマクロ経済モデルに代わる新たなモデルを提供することが、学術界への貢献と考えています。富の蓄積を将来の消費のためのものとしか見なさない従来のモデルとは異なり、私たちのモデルにおいては富そのものを目的と見なしています。この視点は、富裕層と貧困世帯の消費行動の違いを浮き彫りにし、不平等のダイナミクスをより深く分析することを可能にします。このアプローチは、現代の複雑な金融環境を理解するための包括的な枠組みを提供し、経済学者にとって現代の経済問題を分析するための強力なツールとなります。そして、ゼロ金利国における政策オプションの分析にも役立つでしょう。
この一冊
『The Return of Depression Economics and the Crisis of 2008』
(Paul Krugman/著 W.W. Norton & Company出版)

2008年から2009年にかけての金融危機の最中に出版された本書は、米国中心の標準的なマクロ経済モデルを批判し、世界のさまざまな金融危機のメカニズムを直感的に説明しています。この国際的な視点は私にとって新鮮でした。視野が広がり、マクロ経済学と金融危機への興味を掻き立てられました。日本のゼロ金利政策についての学びは特に興味深く、既成概念にとらわれず、型にはまらないモデルを使って研究を行うよう促してくれました。
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マティアス・シュレーゲル
- 経済学部経済学科
准教授
- 経済学部経済学科
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ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン校で経済学博士号を取得。オックスフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、大阪大学社会経済研究所(ISER)でも学び、2019年より上智大学経済学部経済学科准教授で、ISER客員研究員を兼職。
- 経済学科
※この記事の内容は、2024年7月時点のものです