パンデミックが明らかにした人間の予防行動。人は「状況の力」で動く

総合人間科学部の樋口匡貴教授の専門は、社会心理学。健康に関連した人間の行動を社会的環境という側面から研究しています。2020年以降は新型コロナウイルス感染症への予防行動に注目し、人々の行動の変化のきっかけなどを調査結果から継続的に考察しています。

2020年春、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、世界中の人々の関心が未知のウイルスに集まりました。日本でも4月には緊急事態宣言が発令され、外出や対人接触などの行動規制がされました。私は人間の健康行動を社会的環境から研究してきましたが、このように人々が一斉に行動制限される状況に直面したことはありません。これはまさに地球規模の壮大な実験のようだと感じ、すぐに調査研究をスタートさせました。

4月の第一波の感染拡大期から、東京都在住の20~69歳の男女約1,000人を対象にオンラインパネル調査を開始しました。第二波以降も感染拡大期間ごとに調査し、毎回同じ方たちの声を聞いています。主に緊急事態宣言期間中の予防行動について、蔓延防止のための外出自粛や対人接触の回避行動、手洗い行動などの実行頻度や、ウイルスをどのくらい脅威に感じているかといった質問に答えてもらっています。

人は思いのほか「状況の力」に動かされている

調査からわかったのは、緊急事態宣言などの社会制度的な枠組みによって人々の予防行動が大きく変化することです。さらに今は、他人の行動もネットの情報などですぐにわかる時代。「東京都で新規感染者数が100人超えた」「有名人が感染後死亡した」といった情報も予防行動と関係していました。そうした外的要因と「○○をすべきだ」「○○はすべきでない」という人々の認識が関連し、結果として予防行動の実施につながったのかもしれません。

一方で、「時間の経過の影響は非常に強い」ということもわかりました。時間の経過とともに慣れが生じ、ウイルスへの脅威は薄れてしまう。脅威度が下がれば、手洗いなども面倒になって頻度が下がり、外出自粛への意識もまた下がっていきました。

つまり、人間は自分で思っている以上に「状況の力」の影響を強く受けるのです。人間が「自分で自分の行動を決めていない」というのは、社会心理学においては大きな知見です。誰かの行動を「あの人はそういう性格だから」と思いがちですが、もしかしたら何か社会的な状況の力によって行動しているだけかもしれない。思い込みを捨て広い視点で人間を見ることができるようになるのは、社会心理学を学ぶ大きなメリットでしょう。

行動変容をもたらす社会的要因に注目

「個人的な要因よりも社会的な要因に注目する」というのが、私の研究のスタンスです。たとえば「性感染症予防にコンドームを使用する」「子宮頸がん検診を受診する」というのも大切な健康行動ですが、羞恥心が伴うためか、徹底されていません。どうすれば羞恥心を超えて行動変容が起きるのか。行動変容をもたらす社会的要因を探り、変化していく人間の行動に最大の関心をもって研究しています。

今後もコロナ禍が続く限り、新型コロナウイルスへの予防行動調査は継続する予定です。データを蓄積していけば、「ある政策の結果としての人々の行動変容」という因果関係の記録が残ります。このデータをさまざまな枠組みの中で分析したら、緊急事態における人間の行動変容のメカニズムの問題解明にもつながるかもしれません。将来、同じような感染爆発が起きたときには、有益なデータになる可能性もあります。

この一冊

『ザ・ソーシャル・アニマル』
(エリオット・アロンソン/著 古畑和孝/監訳 岡 隆・亀田達也/共訳 サイエンス社)

社会心理学のエッセンスが詰まった名著です。さまざまなトピックが実験をベースに細かく書かれています。大学時代に古本屋で立ち読みしたのが最初ですが、とても面白く、研究者としての道を決定づけることになりました。社会心理学を学ぶ入門書におすすめです。

樋口 匡貴

  • 総合人間科学部心理学科
    教授

中央大学文学部教育学科心理学コース卒、広島大学大学院教育学研究科心理学専攻博士課程後期修了。博士(心理学)。松山東雲女子大学人文学部講師、広島大学大学院教育学研究科講師、准教授などを経て、2013年上智大学総合人間科学部准教授、2017年より現職。

心理学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University