政治経済学と政治生態学を専門とする国際教養学部の伊藤毅教授は、農業や環境の変化について幅広く研究しています。学際的な視点から探求することで、人間のウェルビーイングと環境の健全性を形成する社会生態学的な相互作用の複雑性と多様性を紐解いています。
非人間アクターを中心に据えて正義と持続可能性を考える
社会正義と環境正義、そして社会と環境の持続可能性に焦点を合わせ、政治力学が天然資源の世界的、地域的分布及び不均衡にどう影響しているかを理解することが私のテーマです。
研究プロジェクトのひとつは、グローバル・サプライチェーンにおける「経済的オフショアリング」と「環境的オフショアリング」の絡み合ったプロセスの検証です。資源としての自然を確保し、危険としての自然を管理するために、一国の政府が国境を越えて貿易、投資、援助を通じた経済的・環境的ガバナンスの拡大をしようとしています。
地政学と国家政策に大きな影響を受けて起こった企業の生産活動の海外移転により、地域の経済、社会、生態系はプラスとマイナスの両方の影響を受けます。東アジアや東南アジアでは、生産地と消費地の経済的・環境的な結びつきが強まり、このことが経済発展、貧困削減、資源の枯渇、河川の閉鎖、大気汚染や水質汚染、自然災害に対する脆弱性の増大につながっています。
プロジェクトは、タイのチュラロンコン大学のカール・ミドルトン教授と共同で行なっており、東アジアにおけるコネクティビティの発展を、災害のような主要な環境事象における「非人間アクター」の役割を引き出して語り直すことを目的としています。この研究で採用されている非人間的視点は、経済、環境、災害のガバナンスの理解に貢献するでしょう。
人間と非人間の持続可能性を確保する
また、サケの歴史や生態、政治的な役割などについての研究も行なっています。「なぜサケは獲るものから育てるものに変わったのか?」という問いを投げかけ、その研究成果の一部を1年生の講義で紹介しています。授業では、サケの政治的特徴に着目して、世界の食料経済における商品としての役割と、生態系の安定に不可欠な中枢種としての役割という2つの役割を理解し、人間が人間以外の種(動物、植物、自然環境)とどのように調和して生きていくことができるのか、そのヒントを学びます。
別の研究プロジェクトでは、人間の自給自足活動と食料システムにおける重要課題に取り組んでいます。世界の食料システムの一部であるアジアの農村部では、トウモロコシ、パーム油、ゴム、紅茶、コーヒー、砂糖などの輸出用換金作物を栽培する大規模な単作プランテーションが開発されてきました。手法的には、工業的農業を推進し、機械の動力源として化石燃料を使用して農薬や除草剤、植物の成長を促進する合成肥料、家畜の病気を抑制する抗生物質に依拠することで、食料生産レベルを高めてきました。しかし、その結果、土壌や水は劣化し、若者にとって魅力を失った農業は「世代交代」の難題に直面しています。日本では、世界の食糧システムを推進する政策が、食料不安、都市集中、農村の過疎化、里山景観の侵食をもたらしています。
日本の農村部でのフィールドワークから得た知見をもとに、異なるセクターの様々なアクターがどのように協力し、食糧システムをより公正で持続可能なものにするという課題に取り組んでいるのかを探るのがこの研究の目的です。
教室を出て実社会の問題に取り組む
私は、教育が喫緊の公共問題に取り組み、社会的・環境的に公正で持続可能な世界を創造する上で重要な役割を果たすことができると確信しています。若者に教えることは教師としてやりがいがありますが、教室で抽象的な理論を伝えても学生の心に響かない場合もよくあります。大学教育がいかに生涯役立つ知識を学生に提供し、有意義な人生を送るための準備をさせることができるかを考えてきました。
有意義な答えを求めて、私は持続可能性の問題に関心のある大学生や大学院生たちのサークル KASA Sustainabilityと一緒に大学のサスティナビリティに向けた取り組みをし、フィールドベースの環境学セミナーを開いています。教室で抽象的な理論を教えるだけでなく、学生たちの感覚を養い、環境変化を鋭く注視する観察者になる手助けをしたいと考えています。
この一冊
『The Great Transformation: The Political and Economic Origins of Our Time 』(邦題:大転換:市場社会の形成と崩壊)
by Karl Polanyi, Beacon Press
この本は、私が大学院で読んだ本の中で最も影響力のある本のひとつであり、政治学を専攻する大学院生にまったく新しい視点を紹介してくれました。ポランニーは、互恵性や協調性といった、従来、社会的・経済的交流を促進してきたにもかかわらず過小評価された価値を重視しています。21世紀というもうひとつの大きな変革の瞬間に生きる私たちにとって、これらの価値はいつにもまして重要なものになっているのかもしれません。
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伊藤 毅
- 国際教養学部国際教養学科
教授
- 国際教養学部国際教養学科
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イエール大学にて修士号、哲学修士、政治学博士号を取得。コロラド・カレッジにて教鞭を執った後、2012年から上智大学に勤務し、2021年より現職。
- 国際教養学科
※この記事の内容は、2023年11月時点のものです