発展途上国が経済発展を遂げるための方法や取り組んだ成果について、経済学の視点から研究を行っている経済学部の樋口裕城准教授。先進国の経済援助の効果を明らかにすることの意義、困難さの中にも多くの魅力があるという現地調査の様子などを語ります。
私の専門である開発経済学は発展途上国の経済について考える学問です。「貧しい国はなぜ貧しいのか」「どうすれば豊かになるのか」といったことを主に現地のデータや調査から明らかにしていきます。この分野は「教育と開発経済学」「医療と開発経済学」といった具合にさまざまな視点からの研究が可能ですが、私がとくに力を入れているのは産業との関わりです。開発途上国が発展を遂げるためには産業やその土台となる企業の経営がうまくいく必要があります。そのために有効な手段や、先進国が途上国に対し行っている経済援助の効果について、計量経済学的な手法を使って分析をしています。
また、今までの研究のなかでとくに力を注いできたテーマの一つがベトナムの中小企業の研究です。ベトナムの中小企業の多くは家族経営で行っている町工場。このため、帳簿をきちんとつけていない、在庫の管理ができていない、さらに危険な現場なのにサンダル履きで仕事をしているなど、作業効率が明らかに悪い環境がありました。
研修を受けた町工場では2年後の利益が増加した
そこで私たちはベトナムの町工場に対し、作業効率や安全性を高めるための活動として知られる、日本のカイゼン活動が有効ではないかという仮説を立てました。調査ではカイゼン活動の研修を無償で受けてもらう約200社と何の研修も受けない約100社にグループ分けをして、その効果を測定しました。結果、研修を受けてもらったグループでは工場内や倉庫が整理整頓され、作業効率が向上し、作り過ぎなどの無駄も減りました。2年後に行った追跡調査では、研修を受けてもらったグループはそうでないグループに対して、明らかに業績がよくなっていることが分かりました。
こうした経済援助の効果は、援助を受けた企業だけを調べても正しい分析はできません。たとえ援助後に業績がよくなっていたとしても、景気や国の産業政策など他の要因の影響が否定できないからです。また、経済援助には公的資金も多く投入されています。援助者に対する説明責任という意味合いからも、その効果をできるだけ正確に評価することが重要だと考えています。なお、現在はJICAと共同で発展途上国の援助プロジェクトの効果についての検証を行っていますが、納税者への説明責任という観点からも、やりがいを感じています。
タンザニアや南アフリカでも同様の研究をスタート
研究には困難なこともたくさんあります。現地では経営者にお願いして工場に入らせてもらうことから始まり、信頼関係を築いた上で帳簿を見せてもらうなど、データの取得には根気も必要です。しかし、こうした研究は仮説通りに行けば企業のメリットも大きく喜んでもらえる。社会貢献にダイレクトにつながります。また発展途上国は活気があり、行くたびに変化があるところがおもしろい。こうした点が研究の魅力でもあります。
現在、ベトナムで行った研究と同様のものをタンザニアと南アフリカでも実施しています。今後はさらに他の発展途上国にも広げたいと考えています。日本発のカイゼン活動の効果がいろいろな国に普及すれば、発展途上国の日本に対する評価やイメージもより、正しいものになるでしょう。そのことが互いの距離を縮め、国同士の友好関係にもいい影響を与えてくれると期待しています。
この一冊
『深夜特急1 香港・マカオ』
(沢木耕太郎/著 新潮文庫)
大学1年のときに読んで刺激を受け、バックパッカーになりました。大学の長期休みのたびに海外に出かけ、タイから始まり中国、ベトナム、中東と多くの国を1人でまわりました。これが発展途上国への興味につながり、開発経済学の仕事に結びついています。
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樋口 裕城
- 経済学部経済学科
准教授
- 経済学部経済学科
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京都大学文学部卒業、政策研究大学院大学で博士号(開発経済学)取得。名古屋市立大学経済学部専任講師、同准教授を経て、2020年より現職。専門は開発経済学。
- 経済学科
※この記事の内容は、2023年8月時点のものです