高齢者の健康問題に比べ、女性や子どもの健康に関する研究は不十分なのではないか。経済学部の中村さやか教授は、これまで注目されてこなかったこれらの問題について実証研究を進め、政策的な議論につなげたいと話します。
急速に高齢化が進む日本では、高齢者の健康問題に関する研究が注目を集めています。これに対し、女性の就業が子どもの食生活や健康状態に及ぼす影響といった、子どもの健康状態に関する研究は必ずしも十分に行われてこなかったのではないか。その問題意識が私の研究の出発点になっています。
最近では、日本の学校給食が中学生の体重に与える影響についての研究成果をワーキングペーパーにまとめました。厚生労働省による国民健康・栄養調査を用いてデータ分析を行い、学校給食の有無が中学生の体重にどう影響しているかを検証したものです。家計支出が少なく、経済的に厳しい世帯の子どもは、給食がある学校では有意に肥満が減少するという結果が得られました。
この肥満減少効果は中学卒業後、数年間持続します。給食は、健康的な食事を通じて直接的に肥満を減少させるだけでなく、健康的な食習慣も促すことで、長期的な肥満減少効果につながることが明らかになりました。
給食の質の向上に関する国際的な政策論議の一助に
欧米でも、学校給食が体型に与える影響に関する研究は行われています。しかし、アメリカやイギリスでは給食参加は任意で、給食に対する助成が低所得世帯の子どもに限定されることから、給食による子どもへの影響について偏りのない検証が難しく、研究結果も分かれています。
日本の中学校の給食は、全員参加が前提となっていますから、給食の有無による子どもの健康状態への影響を考察しやすい環境にあるといえます。研究成果は、日本の学校給食の優れた食育効果を裏付けるだけではありません。給食の質や栄養基準の向上が子どもの健康に好影響をもたらすエビデンスの一つとして、国際的な政策論議を促すための意義あるものと考えています。
他には厚生労働省の国民健康・栄養調査等のデータを使い、肥満度を表す体格指数であるBMIの変化を研究しました。1950年代半ば以降、日本の男性はすべての年代でBMIは増え続け、逆に女性はすべての年代で減り続けています。
海外では男女ともBMIが増え続けている国が多いなか、なぜ、日本の女性のBMIだけが減り続けているのか。これまで注目されてこなかったテーマです。分析結果は、日本でBMIの変化に大きな男女差が生じたのは身体活動量の減少が女性より男性に大きかったためであり、経済発展により男性の肉体労働が減少したことや、女性の社会進出に伴い就業内容の男女差が縮小したことが背景にあることを示唆しています。
公的データを活用し日本の課題を明らかにしたい
実証研究をするには、多くの一般の人に偏りなく調査に参加してもらう必要があります。ただ、それには多額の費用がかかり、個人情報保護の問題もあります。そのため既存のデータを使うのが一般的ですが、日本では行政記録の利用がまだ難しく、質問に回答してもらって集めた公的なサーベイデータを使うことが多いです。
サーベイデータは、調査への参加や特定の質問への回答を拒否されたり回答が不正確だったり同じ人を追跡調査するのが難しかったりして問題もあります。行政記録が使える国やサーベイデータが日本より充実している国もあるので、海外のデータを使う日本の研究者も多いです。しかし、それでは日本の課題が見えてきません。
経済学では事実解明的な分析を重視します。今、何が起きているのかを徹底的に解明するには、研究手法に工夫を凝らさなくてはいけません。そして、今まで世の中に知られていなかったことを、はっきりとした研究成果として提示することで、より建設的な政策論議につなげる。それが実証研究の意義であり、醍醐味です。
この一冊
『誓願』
(マーガレット・アトウッド/著 早川書房)
カルト集団に支配された独裁国家で、権利を奪われた女性たちを描いた『侍女の物語』の続編です。支配から脱するために情報を集め、分析し、人々に伝えようとする女性たちの姿は、私の実証研究への思いにも通じます。
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中村 さやか
- 経済学部経済学科
教授
- 経済学部経済学科
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1998年、国際基督教大学教養学部社会科学科卒卒業。2000年、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。2006年、ノースウェスタン大学Ph.D. (Economics) 取得。ライス大学ベイカー研究所シド・リチャードソン医療経済学研究員、横浜市立大学国際総合科学部准教授、名古屋大学経済学研究科准教授などを経て、2022年から現職。応用ミクロ計量経済学および医療経済学専攻。
- 経済学科
※この記事の内容は、2023年10月時点のものです