教育現場における多種多様な感情。その目的に着目する

言語教育研究センター 
准教授 
今井 康博

言語教育研究センターの今井康博准教授は、教育現場における感情に着目しています。学生たちが抱える怒りや不安といったネガティブな感情を、教師はどう読み解いていけばいいのか、学習の場における感情について語ります。

私が今、興味を持っているのは人間の感情です。専門分野は第2言語教育なのですが、外国語教育に捉われず、教育全般を通じて学生たちがどのように感情を「使っているのか」を知りたいのです。

喜怒哀楽などの感情は、何らかの体験や刺激が原因として存在し、そのリアクションとして起こるものと思われがちです。しかし、実際には因果関係がない状態でも、人は何らかの目的で感情を選び取って使うことがあるのです。

感情の利用目的を知れば、同じ土俵に上がらずに済む

よく「感情は自分でコントロールすべき」と言われます。とくに問題視されるのは怒りの感情で、アンガーマネジメントは一種のブームのように注目を集めています。一方で、怒りという感情を利用して相手を威圧したり、黙らせたりしたいという欲求があるとすればどうでしょうか。意識的にせよそうでないにせよ、自分が怒りを感じ表している場合、自らその利用目的について考えなければ、本当の意味での怒りのコントロールにはならないのではないかと思うのです。

これは教育現場にも言えることです。例えばある学生が、教師に対して怒りをあらわにしたとします。すると教師もネガティブな反応になりがちで、「いい加減にしなさい」「静かにしなさい」などと、相手を抑え込もうとするでしょう。

しかし、この学生の感情表現の裏側には、何らかの目的があるかもしれません。例えば感情的になる教師の姿を見せることで、教師の立場を悪くしたいのかもしれない。もし教師がこの学生の感情の裏側にある意図に気づくことができれば、あえて対立することなく、早々に土俵から降りることができるでしょう。

感情が学習に与える効果は、授業活性化のヒントに

人はどのように感情を利用するのかに興味を持ったのは、博士論文の研究のときです。学生が3人ひと組のグループでプレゼンの準備をする様子を動画で撮影し、その過程で出てくる感情を調べました。使われる言葉や声のトーン、文脈などから感情を推察し、授業の終わりに彼らにインタビューしたり日誌を書いてもらったりしながら、グループワーク中の感情を振り返ってもらいました。その感情がグループワークの進行や作業のあり方、成果物などにどんな影響を与えるのかを検討したのですが、それ以上に感情の利用目的が気になり始めたのです。

このテーマはまだ研究の途上です。私は第2外国語教育を担当していますから、感情の利用目的について英語で話し、授業後に学生たちに自分の感じたことや感情を書いてもらっています。これは学生たちにとっても、自分の感情を振り返るきっかけになっているようです。「自分の感情を知って、ラクになった」「この授業は心の安全地帯です」というコメントが添えられることもあります。

最近つくづく思うのは、教員の仕事は一方的に教えることだけでなく、学生たちの内面にある意欲を引き出し、授業を活性化するファシリテーターとなる必要があるということです。そのためのキーワードとして、感情は今後さらに注目されていくと思っています。

この一冊

『愛すること、生きること』
(M・スコット・ペック/著 氏原寛+矢野隆子/訳 創元社)

原題は「往く人の少ない道」(The road Less traveled)。精神的な成長という道をいかに歩むかについて、精神科医である著者が語った本です。この本をもっと早くに読んでおけば、多感な若い時期に不必要な徒労感に悩まされずにすんだかもしれません。

今井 康博

  • 言語教育研究センター 
    准教授

上智大学外国語学部英語学科卒業、トロント大学オンタリオ教育学研究所 (OISE)第二言語教育学博士課程卒業、博士(第二言語教育)。2013年より上智大学言語教育研究センター准教授。

言語教育研究センター

※この記事の内容は、2023年8月時点のものです

上智大学 Sophia University