北米地域における先住民の歴史や現状を通じて世界のあり方を考える

グローバル教育センター
教授
水谷 裕佳

グローバル教育センターの水谷裕佳教授の専門は、主に北米地域における先住民に関する問題です。入植者による抑圧の時代を経て、現在先住民の人々がどのように文化の復興に取り組んでいるのか、具体的な事例の分析を通じて研究しています。

私は北米地域の先住民の歴史的体験や、彼らの文化復興に向けた取り組みについて研究してきました。近年では太平洋地域にも関心を広げています。世間では「もう先住民はいない」「先住民文化は消失した」などと誤解されていることがあります。しかし、例えばアメリカ合衆国の場合、政府が認定しているだけで570以上の集団が、一定の自治権を持ち、独自の言語や文化を継承しながら生活しています。

彼らは長い間、国家の政策によって伝統的な領土から追われたり、文化や言語の継承を阻害されたりしてきました。

例えば、私が研究してきた米国メキシコ国境地域のある先住民族は、国境線によって分断されています。過去には彼らに対して虐待的な行為が公然と行われていました。この民族に限らず、北米地域では、20世紀に入ってからも、賃金に差をつけたり、墓の盗掘や文化財の破壊などが行われたりしました。21世紀の現在でも、環境破壊に起因する健康被害や、先住民女性に対する性的暴行などが問題となっています。

国家の枠組みに基づいた視点のみでは世界は理解できない

「先住民文化は忘れたほうが幸せだ」「抵抗しなかった方が悪い」といった言葉に、彼らは苦しめられています。時に自らの文化を後回しにしなければ危害が加わる環境で、苦渋の決断を強いられたのです。そう考えると、彼らの現状は自己責任論で片づけられません。

現在の世界は、国家の枠組みを基に語られることが少なくありません。しかし彼らは、必ずしもその枠組みの中で語ることのできない存在です。国境を超えて複数の国に居住する民族は、世界中に見られます。また、国内で権利を侵害され、貧困に苦しんでいたとしても、暮らす国自体が先進国であれば国際支援の対象とはなり難いという問題もあります。一方、国際社会も世界各国の先住民族に関心を寄せており、国連は2022年から2032年を先住民言語やその話者に対する支援を強化する期間に指定しています。世界を理解する視点は多様化しているのです。

資料に触れながら文化に対する理解を促進する試み

先住民の人々は今日でも困難に直面しているため、インタビューで細かく物事を聞き取ることは、彼らにとって精神的な負担となることがあります。そのため、調査では、先住民の人々の言葉が記録された手記や文書などの分析を含め、様々な手法を併用しています。研究の成果は、論文や書籍のほか、博物館での展示活動などで発表します。教育活動では、伝統工芸品や現代アートの作品など、学生が直接手に取れる資料の利用にも力を入れています。言葉だけではなく、触覚などを通じて、彼らの文化を体感的に理解してほしいからです。

いかなる文化や社会も時代とともに変化しますが、それに関する決定権を持つのは本人たちであるべきです。集団や個人としての生き方や未来を自由に選択できない人もいる。そういった世界の現状に気づき、社会の構造的な問題について考えてほしいです。また、厳しい時代を生き抜き、能動的に未来を創造する現代の先住民の人々についても理解を深めてほしいと思います。

この一冊

『The Great Father ―The United States Government and the American Indians(abridged edition)』
(Francis Paul Prucha/著 University of Nebraska Press出版)

著者のプルーチャは、著名な歴史学研究者として活躍すると共に、イエズス会士でもありました。本書には、米国の先住民政策の歴史的変遷や、米国領内のさまざまな先住民族との関係性がまとめられています。

水谷 裕佳

  • グローバル教育センター
    教授

上智大学外国語学部イスパニア語学科卒、同大学院外国語学(現グローバル・スタディーズ)研究科地域研究専攻博士前期、後期課程で学び、博士(地域研究)。北海道大学アイヌ・先住民研究センターなどでの勤務の後、上智大学で助教、准教授を経て、2022年度より現職。

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※この記事の内容は、2023年5月時点のものです

上智大学 Sophia University