植物の環境ストレス適応を制御する、分子生物学的メカニズムの解明

理工学部の鈴木伸洋准教授の専門は植物分子生物学。過酷な環境から身を守るために植物内部でどのようなメカニズムが働いているのかを、遺伝子やタンパク質といった分子レベルで解明する研究を行っています。

植物の生理現象や生命現象について、分子レベルで解き明かしていく学問が植物分子生物学です。自ら移動することができない植物は、変化する自然環境に適応していく必要があります。生命維持に影響を及ぼすような高温、乾燥、塩害といった環境ストレスにさらされたとき、植物はいかにして身を守っているのか。研究では主に熱に対する反応に焦点を当て、ストレスへの適応を制御している複雑なメカニズムの解明を目指しています。

研究テーマとの出合いは、大学院生時代に熱ストレス適応に関わる新たなタンパク質を発見したことがきっかけです。植物の環境ストレス適応は、遺伝子やタンパク質などのネットワークによって制御されています。そのタンパク質はDNAに結合しないと考えられていたのですが、実は「DNAと結合して熱から身を守るホルモンの働きなどを促進させる」ことが分かりました。それまで知られていなかった未知の反応に魅了され、そのメカニズムを分析することが研究活動の主要テーマになりました。

植物が持つ適応システムをエネルギー効率化に応用

植物の熱適応メカニズムの研究成果は、幅広い分野への応用が期待できます。最もイメージしやすいのは農業への応用です。現在はそれぞれの国や地域で気候に適した農作物が育てられていますが、温暖化で気温上昇が進むと、いずれ栽培が立ち行かなくなる可能性があります。抜本的な品種改良には長い年月を必要としますが、熱ストレス適応の仕組みを応用して農作物の熱耐性を高める栽培方法が確立できれば、食糧危機という社会課題を食い止める効果的な手段となり得ます。

また近年は、環境ストレス適応のメカニズムを数理モデル化して、人間社会に応用することにも関心を持っています。植物は環境適応をはかる際に、エネルギー代謝を「省エネ」に切り換えて生き延びようとします。実はこの時に内部で働いているネットワーク構造は、経済やエネルギー効率のネットワークモデルと類似しているのです。今はまだアイデアの段階ですが、都市や社会を一つの細胞に見立て、植物が持つ優れたシステムを応用する研究は前例がなく、数学や情報学など他分野と連携をはかって共同研究を実現させたいと考えています。

人間社会が植物から学ぶことはたくさんある

自然界で植物が影響を受けるストレスは一つだけではなく、複数のストレスにさらされることもあります。研究では二つ以上のストレスが組み合わさった時にだけ活性化される遺伝子の存在も確認しており、植物の環境適応ネットワークは複雑かつフレキシブルに動いていることが分かっています。まだ解明されていない現象も多く、人間社会のイノベーション創出につながるヒントも隠れているかもしれません。非常にポテンシャルの高い研究対象なので、研究を通じてさまざまな知見を得ていきたいと思っています。

植物分子生物学は、肉眼では観察できない細部を突き詰めていく学問分野です。地道な基礎研究が中心ですが、データだけに目を向けるのではなく、自らの感性を大切にして植物と向き合う姿勢が研究者には求められます。これからも研究を通じて植物の有用性を社会に広め、今以上に人間と植物が共存できる社会づくりに貢献できればと考えています。

この一冊

『「食」の研究 これからの重要課題』
(伊藤武、河合利光、小林茂典、西澤直子、安田和男、山下一仁/共著 生駒俊明/編著 丸善プラネット)

農業を含めた食に関する現状と課題が分かりやすく説明されている一冊です。「植物分子生物学の視点から課題解決に貢献できることは?」と、研究アプローチや応用アイデアを考える際によく目を通しています。

鈴木 伸洋

  • 理工学部物質生命理工学科
    准教授

香川大学農学部農業生産学科卒、同農学研究科博士前期課程修了、University of Nevada, Reno博士課程修了。Ph.D (Biochemistry and Molecular Biology)。University of Nevada, RenoおよびUniversity of North TexasでのPostdoctoral Fellow、上智大学理工学部助教などを経て、2019年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2023年7月時点のものです

上智大学 Sophia University