比較政治学に哲学的アプローチも取り入れ、より良い未来を追求したい

比較政治学と政治哲学が専門の国際教養学部の中野晃一教授は、西欧やアジア諸国と日本の政治動向を比べながら、その背景や狙いについて研究しています。比較政治学の観点から見た今の日本政治とは?

政治学にはさまざまな分野がありますが、私の専門は比較政治学です。各国の国内政治を比較研究する学問で、私は主にイギリスやフランスなど、西欧諸国と日本の政治を比較しながら研究してきました。

もう一つ、私は学生時代からずっと哲学を学び続けています。実は、大学で最初に哲学科を卒業していて、大学教員として政治哲学も教えています。政治哲学とは、善悪や平等、自由といった概念を踏まえ、政治があるべき理想の姿について問う学問です。大学時代は誰でも自分探しに悩む時期。この学問分野は、自由や平等について考え、自分の意見を形成するのに役立ちますから、学生の関心も高く、教えがいがありますね。

比較政治学では、世界の中で実際に起きていることを知り、そこから仮説を立て、データを収集して分析する実証的なアプローチが中心になります。その上で、哲学的アプローチを取り入れることで、最終的には自分の倫理観や価値観に照らし合わせて考察するのが、私の研究手法です。主観的になりすぎて偏見を持つことがないよう注意は必要ですが、政治学において“完全に客観的な考察”が成り立つのかについては懐疑的です。

改革とナショナリズムという組み合わせは世界共通

最近の研究では、日本の行政改革に焦点を当てながら、新自由主義がもたらした影響について研究しています。1980年代から2000年代にかけて、日本では公共セクターの民営化や規制緩和が進められました。イギリスやフランスでも同じようなことが起きており、グローバルな視点からその本質を探りたいと考えたのです。興味深いのは、新自由主義的な改革では、常にナショナリズムがセットになっている点です。この現象は多くの国で共通しており、イギリスの政治学者アンドリュー・ギャンブル(Andrew Gamble)氏が「新右派転換(new right transformation)」と名付けています。

どこの国でも、改革によって生じる国内問題から人々の関心をそらすために、政治家はナショナリズムを利用します。日本で象徴的なのが靖国神社を巡る論争です。靖国神社に参拝した歴代首相の多くが、「改革派」として知られていることにお気づきでしょうか。実際に行われた改革では、小さな政府と個人の責任を説く一方で、不安定な雇用が増加し、貧富の差は拡大しています。こうした国内問題から注意をそらし、社会の分断を覆い隠すために、「愛国的な」パフォーマンスが必要だったのです。

志のある次世代を増やすために行動する

私は右傾化の延長線上にある外交や安全保障政策の変化も最近では研究しています。日本の憲法改正の議論もその一つ。憲法の原理原則や法律を無視した強引な政治手法は、西洋のみならずアジア各国などでも増えているため、ここ数年はアジア諸国の政治や法制度を専門とする研究者たちとも、活発に協働するようになりました。

研究を進めると同時に、その成果をより広く、特に若い世代に伝えることにも力を入れています。国際教養学部で教えていると、アジア中流層の成長が著しいことを日々実感します。学生たちの語学力や知識レベルの高さに驚くと同時に、居心地がよく安全ないわゆる「コンフォートゾーン」から出ることに消極的な日本の若者の将来が心配になるのです。志が高く積極的な若者を増やすためには、私たち大人が行動を起こさなければなりません。

この一冊

『功利主義論』
(ジョン・スチュアート・ミル/著 フォンタナ・プレス出版)

哲学を専攻していた大学時代の卒論テーマ。ミルは、女性参政権を提唱するなど先進的な考えを持ち、哲学、政治学、経済学で重要な役割を果たした人物。その徹底した自由主義の思想は衝撃的でした。

中野 晃一

  • 国際教養学部国際教養学科
    教授

東京大学文学部哲学科、オックスフォード大学トリニティ・カレッジ哲学・政治学科卒業。プリンストン大学政治学研究科博士課程修了。1999年より上智大学に勤務。2017年から2021年まで国際教養学部長を務める。

国際教養学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University