上智大学は、すべての学部・学年の学生が四谷キャンパスに集い、学びを深める「ワンキャンパス」の総合大学です。専門の異なる学生が日常的に交わり、ときに文理の枠を超えて同じ授業で学ぶ――そこには、知の分野を横断して課題に向き合おうとする本学ならではの教育環境があります。
その中で、理工学部は多様な分野の知が集積する総合大学としての上智大学を支える重要な柱の一つとして、60年以上にわたり発展を遂げてきました。今回は、その出発点となった理工学部創設の歩みを振り返ります。
1958年、上智大学創立50周年の記念事業の一環として、理工学部の創設が計画されました。もともとイエズス会の教育の規範「学事規定」には、自然科学を教育に組み込むことが明記されており、16世紀に府内(現在の大分市)に設けられたイエズス会の高等教育機関であるコレジヨでも、天球論などの自然科学教育が行われていたことが講義録『コンペンディウム』から分かります。
日本は1950年代後半から高度成長期を迎え、1960年には所得倍増計画が決定されました。文部省は理工学系の教育・研究体制を強化し、産学連携を重視するようになりました。他方、急激な工業化に伴う四大公害病などの公害問題に人々の関心が向けられるようになり、こうした社会的課題の解決のためにも、理工学研究の必要性が強く認識されるようになっていきました。
こうした時代背景のもと、1958年1月、当時の大泉孝理事長は理工学部開設計画を発表し、学内に設立準備委員会を設置しました。多額の費用を要する学部新設に向けて、学内外で募金活動が本格的に始まりました。
1961年1月に発足した理工学部設立後援会は、経団連の石坂泰三氏を会長に迎え、世話人として吉田茂元首相や石川島播磨重工の土光敏光社長など、日本経済界の中枢を担う人物が名を連ねました。この後援会からは、約2億円にも及ぶ寄付が寄せられました。
海外においても、当時のクラウス・ルーメル理事長がヨーロッパ各地で精力的な活動を行い、ローマ法王庁、イエズス会本部(ローマ)、ケルン教区、ドイツ連邦共和国などから多額の資金援助を受けました。
さらに、フランツ・ヨゼフ・モール神父がドイツ・ケルンに滞在して募金活動に奔走し、アロイシャス・ミラー神父、ダニエル・マッコイ神父、ロバート・ドレスマン神父の3人はアメリカでの募金活動を展開しました。こうした尽力により、総額20億円に及ぶ建設資金の見通しが立ちました。
特にドイツからは、資金援助に加え、高額な機器や機械が数多く寄贈されました。1960年3月にはドイツのコンラート・アデナウアー首相が来学し、理工学部校舎となる3号館の敷地に鍬入れを行っています。このように理工学部開設の背景には、深い支援の歴史がありました。
1962年4月、上智大学理工学部は開設されました。しかし、理工学部校舎である3号館の完成は同年11月(1961 年7月に着工)まで待たねばなりませんでした。それまでの間、授業は今日7号館が建っている場所に設置されていた米軍払い下げのカマボコ型兵舎で行われました。実験施設は1962年中に完成し、ドイツの重工業メーカー・クルップ社(当時)から円筒研削盤、工具研削盤、旋盤、単軸自動盤など高性能な工作機械が寄贈されました。この実験棟は支援への感謝を込めて「クルップ・ホール」と名付けられました。1965年には4号館とマシンホールが建設され、電気動力計5台をはじめ、電気・電子、物理、化学など各分野の実験に対応する設備が拡充されました。
理工学部は、当初工学と理学の融合を目指し、機械工学科、電気・電子工学科、物理学科、化学科の4学科でスタートしました。1965年には数学科の増設に加え、化学科において化学専攻・応用化学専攻が設けられるなど、体制のさらなる拡充が進められました。開設当初より語学教育の充実や国際的視野の涵養、教員と学生のきめ細かな指導体制が理念として掲げられました。この教育体制はその後も継続され、2008年に現在の3学科体制(物質生命理工学科、機能創造理工学科、情報理工学科)へ再編された後も、理工学部教育の根幹となっています。
このようにして、上智大学は理系・文系を併せ持つ総合大学としての体制を名実ともに確立しました。
2012年、理工学部は創設50周年を迎えました。10月に行われた記念式典で、当時の滝澤正学長は、理工学部の創設は上智大学が総合大学としての発展する基盤となったこと、そして今後も理工学部が「文理融合教育の実現」を担う上で重要な役割を果たし続ける、と述べました。理工学部創設にあたり、ドイツのケルン大司教区から多大な援助があったことから、ヨアヒム・マイスナー枢機卿に感謝状が贈られ、続いてノーベル化学賞受賞者である野依良治氏による記念講演も行われました。
同年秋には、英語で講義を行うコースを新設しました。これは文部科学省の国際化拠点整備事業(グローバル30)の構想に基づいたものです。物質生命理工学科の「グリーンサイエンスコース」と、機能創造理工学科の「グリーンエンジニアリングコース」が始動し、5 人の第一期生を迎えました。
創設以来、国内外からの支援と多くの関係者の尽力によって発展してきた上智大学理工学部は、現在も進化を続けています。2027年度には、グリーンサイエンス・グリーンエンジニアリングの両コースで培われた「英語で学ぶ世界基準の理工教育」をさらに発展 ・拡充させ、グリーントランスフォーメーションを牽引する人材を育成する「デジタルグリーンテクノロジー学科」の設置が構想されています。
文理の枠を超え、時代の要請に向き合いながら知を深化させてきた理工学部。その歩みは、これからも上智大学の未来を切り拓く大きな力であり続けるでしょう。
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時代とともに重ねた知。上智大学理工学部の歩み