
教育実践を通じて示される価値観と社会的役割
本研究の要点
- 日本のカトリック大学看護系学部/学科を対象に、公式ウェブサイト分析と看護学部長(看護学科長)・教員へのインタビュー調査を実施。
- 大切にしている4つの価値を抽出:(1)「人を愛すること」、(2)「人の全体性の理解」、(3)「弱さや苦しみに向かい合う姿勢」、(4)「看護職の一員としての学生」
- 抽出された価値観がカトリック社会教義の原則と整合していることを確認。
- 学生がカトリック・アイデンティティに基づいた倫理観や社会観を育む上で有用な知見を提示。
研究の概要
上智大学 総合人間科学部 看護学科の塚本 尚子教授、渡邉 彩助教、瀧口 庸子助手、片桐 由紀子助教らの研究グループは、日本のカトリック大学の看護系学部・学科を調査し、これらの大学が十分なカトリック・アイデンティティを備えていることを明らかにしました。さらに、これらの大学が重視する価値観が、カトリックの社会教義と一致していることも示しました。
カトリック・アイデンティティとは、カトリック教会の信仰や教養に基づいて形成される個人や集団の自己認識、価値観を指します。カトリック大学では、学校生活や社会的行動において、カトリックの教えや価値観の影響を受け、教育を行っています。一方で、カトリック・アイデンティティは社会や文化の変化に応じて変容するため、日本のような非カトリック国では、カトリック・アイデンティティをどのように維持、継承していくかが課題の1つとなっています。そこで本研究では、日本にあるカトリック大学看護系学部・学科を対象に、公式ウェブサイトの分析と、看護学部長(看護学科長)および教職員へのインタビュー調査を実施しました。
本研究の結果、各大学看護系学部・学科が大切にしている価値として、(1)「人を愛すること」、(2)「人の全体性の理解」、(3)「弱さや苦しみに向かい合う姿勢」、(4)「看護職の一員としての学生」という4つのカテゴリーが抽出されました。これらの価値はいずれもカトリックの社会教義と一致していることが確認されました。このことから、日本のカトリック大学看護系学部・学科は、形式面だけでなく内容においても十分なカトリック・アイデンティティを備えており、さまざまな取り組みを通じてその発信と浸透に努めている実態が明らかとなりました。これらの成果は、カトリック大学看護系学部・学科の特色や魅力を示すものであり、看護師を志す学生にとって、貴重な指針となることが期待されます。
本研究成果は、2025年8月5日に国際学術誌「International Studies in Catholic Education」にオンライン掲載されました。
研究の背景
日本には現在、8つのカトリック大学に看護系学部があり、その教育課程は文部科学省と厚生労働省が共同で定める「保健師助産師看護師学校養成所指定規則」(以下、指定規則)によって規制されています。指定規則は、看護師国家試験の受験に必要な教育内容の基準を定めているため、各大学・学部では類似したカリキュラムを採用し、資格取得に重点を置いた教育が行われてきました。しかし、指定規則のみに依存したカリキュラムにはいくつかの課題があると指摘されており、指定規則を遵守しながらも、各大学が独自性のある教育を編成する必要性が強調されています。
近年、カトリック大学において、大学の使命の維持・発展・評価に関する研究への関心が高まっています。カトリック大学看護系学部・学科は、大学と医療機関の両方の系譜に沿って発展しており、強固なカトリック・アイデンティティの源泉といえます。しかし、時代の要請や社会のニーズの影響を踏まえると、看護教育におけるカトリック・アイデンティティの維持と表現が課題となり、その意義を改めて考える必要があります。
そこで本研究では、日本のカトリック大学看護系学部・学科がどのようなカトリック・アイデンティティを体現し、発信しているのかを明らかにするため、大学の公式ホームページの分析と、看護学部長(看護学科長)や教職員へのインタビュー調査を実施しました。
研究結果の詳細
はじめに、日本のカトリック大学看護系学部・学科7校を対象に、各大学の公式ホームページを分析し、情報を収集しました。その結果、各大学の教育理念がカトリック・アイデンティティを明確に表現していることがわかりました。看護系学部/学科では、基本方針がより具体的かつ実践的な言葉で示され、看護の要素は大学理念として表現されていました。特に、「人間の尊厳の尊重」、「他者への包括的な理解」、「奉仕の精神」の3点が強調されていました。
次に、カトリック大学の看護学部長(看護学科長)や教職員を対象に、1時間のインタビュー調査を行いました。調査では、重視している価値観、教育カリキュラム、教育実習、課外活動の特徴、そしてカトリック大学としての理念や価値観の実践方法について評価しました。その結果、(1)「人を愛すること」、(2)「人の全体性の理解」、(3)「弱さや苦しみに向かい合う姿勢」、(4)「看護職の一員としての学生」という4つの価値観が抽出されました。特に、(1)「人を愛すること」はカトリック教育の中核となる価値観であり、各大学がカリキュラムの大部分を専門職養成に充てつつも、この価値観に基づいた教育を展開していることが示唆されました。
また、もう一つの特徴として、実習に臨む学生に、「自分は愛されている存在である」という意識を持たせる教育が重視されていることが明らかになりました。これらの結果は、他者を愛する価値観に基づいて自己愛を育むことを重視するカトリック大学の看護教育が、真のケア実践者を育成する上で大きな意義を持つことを示しています。
これらの価値観は、ウェブサイト分析から抽出されたカトリック・アイデンティティとも整合しています。すなわち、(1)「人を愛すること」を重視する教育は、人間の尊厳を尊重する看護学部・学科のアイデンティティにつながっています。さらに、(2)「人の全体性の理解」と(3)「弱さや苦しみに向かい合う姿勢」という価値観は、他者を包括的に理解しようとするカトリック大学独自のアイデンティティを示しています。最後に、(4)「看護職の一員としての学生」という価値観は、前述の3つの価値観と相まって、奉仕の精神というアイデンティティを形づくっています。
本研究を主導した塚本教授は、「カトリック大学看護系学部・学科の教育に魅力を感じて入学した学生は、その後の教育プロセスにおいても熱心に学び、その価値観を吸収し、ケアリングに満ちた看護師として巣立っていきます。こうした看護師によってケアされる人々は大いに慰められ、各人のもつ回復力を最大限発揮することにつながり、病気の回復あるいは平和な死に向かうことの助けとなることが期待されます」と、コメントしています。
※本研究は、上智大学の学術研究特別推進費による助成を受けて実施したものです。
論文および著者
- 媒体名
International Studies in Catholic Education
- 論文名
Characteristics of Catholic identity in the nursing faculties・departments of Catholic universities in Japan: an examination of university homepages and interviews with administrators of nursing departments
- 著者(共著)
Naoko Tsukamoto1, Aya Watanabe1, Yoko Takiguchi1, Yukiko Katagiri1, Nahomi Takeda2, Megumi Kodaka1, Yae Yoshino1, Yuka Funaki1, Hiro Yamagata1, Kazuyoshi Terao3, and Shinichi Tsukamoto4
研究内容に関するお問合せ
塚本 尚子教授 (上智大学 綜合人間科学部 看護学科)
tukamoto@sophia.ac.jp
報道関係のお問合せ
上智学院広報グループ
sophiapr-co@sophia.ac.jp