生成AIを巡る哲学的議論に新たな視座を提供することに期待
研究の要点
- 近年、覚醒と無意識の境界状態に注目が集まりつつあり、深い瞑想状態はそうした境界状態の代表。
- 瞑想の熟達者は深い瞑想状態を「時間を超越したもの」とする一方、持続的な覚醒状態でもあると報告する。本研究ではこの一見矛盾した状態に対して、哲学的見地から首尾一貫した解釈を与える試み。
- 深い瞑想状態における時間の経験を探求し、非日常的な意識状態に光を当てたる新たな成果で、哲学分野のみならず、生成AIにおける哲学的に議論にも新たな視点を提供すると期待。
上智大学国際教養学部国際教養学科のAkiko Frischhut助教は、深い瞑想状態における時間の経験について、哲学的観点から首尾一貫した解釈を与えることを目的に、理論的な分析を行いました。
昨今、夢や恍惚状態、深い瞑想状態など、覚醒と無意識の間を行き来す境界状態が近代哲学として関心を集めています。今回の研究では、「完全に没頭した」深い瞑想状態に焦点を当て、時間を超越しつつも持続的な覚醒状態であるという一見した矛盾した現象について着目。意識の境界状態における現象的な時間の経験を調査し、一貫した解釈を示すことで、意識や心の本質に迫る成果を挙げてます。また、本研究は、哲学分野のみならず、近年発展が著しい生成AIにおける哲学的議論にも新しい視座を提供しうると期待されています。
本研究成果は2024年7月23日、国際学術誌「The Philosophical Quarterly」にオンライン掲載されました。
研究の背景
熟練した瞑想者の多くが、深い瞑想状態は「純粋な意識体験(pure consciousness experience)」、つまり覚醒していると同時に、何も意識していない状態(contentless)であるという非日常的な体験であると報告しています。すなわち、完全に没頭した瞑想状態は、完全に時間性の欠如した覚醒状態である一方で、「全体的に」「継続的に」覚醒している状態であると説明されているのです。前者は時間的な特徴を意識することなく覚醒していることを示唆しているのに対し、後者は、ある程度の時間、自身が覚醒していることを意識しなければなりません。これは、一見したところ矛盾しているように感じられます。
本研究では、この矛盾に首尾一貫した解釈を与えることを目的としました。本稿の軸には、深い瞑想状態とは本質的に、何らかの(最小限の)時間的特徴を持ちながらも、時間を超越したものとして自然に経験される状態だと考えるべきだという点があります。Frischhut助教は、こうした時間的特徴を、「現象的連続性を伴わない現象的持続時間」と捉え、その解釈についての説明を展開しました。
研究結果の詳細
Frischhut助教は、さまざまな伝統、文化、時代における瞑想者たちの報告を精査し、深い瞑想状態を「純粋な意識体験(pure consciousness experience)」として特徴づけました。この純粋な意識体験とは、覚醒しているように感じられる一方で、何も意識していない状態を指します。チベット仏教やキリスト教神秘主義、現代のマインドフルネス実践者など、多くの熟練した瞑想者がこうした状態を報告しています。
次に、Frischhut助教は、深い瞑想が完全に時間を超越している(いかなる時間的特徴も持たない)という一般的な考えに対し、「厳密には同意しないが、熟練した瞑想者がその体験を『時間を超越したもの』と表現することは十分に自然である」という立場を明示しました。その理由として、人間の持続時間体験を説明するための標準的な心理学モデルが、深い瞑想における時間体験を説明するのに適していないという問題を提起しました。瞑想者は、時間的構造がない中で持続時間を経験するという考えを提案。これにより、深い瞑想状態が時間を超越しつつも、連続的かつ継続的であると説明する理由を、現時点で最もよく示していると考えられます。
さらに、熟練した瞑想者の報告などを精査し、瞑想中に持続的な覚醒を経験すると主張しました。こうした持続的な覚醒の感覚が、時間的構造を伴わない持続時間の感覚を生み出す可能性を示唆しました。
Frischhut助教は、「本研究を通じて、意識の境界状態である深い瞑想状態における現象的な時間性についての考察を深め、時間がどのように経験されるかについてより深い洞察を得ることができました。深い瞑想状態やその他の非日常的な精神状態を理論的に分析することで、意識や心の本質についての理解も深まるでしょう」と述べ、本研究の波及効果に期待を寄せています。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科研費(21H00464)の助成を受けて実施したものです。
論文名および著者
- 媒体名
The Philosophical Quarterly
- 論文名
Awareness without time
- オンライン版URL
- 著者
Akiko Frischhut
本リリース内容に関するお問合せ先
国際教養学部国際教養学科 助教 フリシュート アキコ
akiko-frischhut@sophia.ac.jp
報道関係のお問合せ先
上智学院広報グループ
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