外国語学部のムヒナ・ヴァルヴァラ准教授は、ロシア人の帰属意識についての研究を行っています。多民族国家で言語や宗教もさまざまなロシアで、自らをロシア人と認識させるものは何か。その研究を、国内外の葛藤の解消や平和への一助としたいと考えています。
私の専門はロシアの社会学で、帰属意識について研究をしています。ロシア人は何をもって自分がロシア人であると認識するのか、どこまでをロシア人と呼ぶのかということです。
2010年の調査によると、ロシアは193もの民族が登録されている多民族国家です。信仰する宗教や言語、文化もさまざまなので、ロシアという国に住んでいても自らがロシア人であるという意識が薄い人は少なくありません。それは歴史的な背景にも起因しています。
1922年から1991年まで、ロシアはソビエト社会主義共和国連邦という国で、15の共和国が属した多民族の同盟国家でした。中央集権的な社会主義国でありながらも建国の指導者であったレーニンは、民族自決権を尊重する政策をとりました。それを乗り越えたうえで「ソビエト国民」を作るというアイデアを持っていたからです。しかしそれは逆に民族としての意識を強くし、ソビエト連邦崩壊への一因となりました。
ソビエト連邦時代は社会主義というイデオロギーにより、表面的には統一政策ができていたものの、崩壊後は何をもって統一するのか。多民族国家ゆえに民族や宗教で統一することはできません。言語や文化でも難しい。ソビエト崩壊から30年以上経った今でもロシアを統一させるためのアイデアは見つかっていないのです。
ロシアにとって、国民の帰属意識はとても大きな問題です。帰属意識が弱いことが、国内外での民族間紛争や旧ソ連諸国及び外国との外交問題などを引き起こす要因のひとつになっていると、私は考えています。ウクライナ問題にしても、これが当てはまると思うのです。
研究において大切にしていることは協力者の安全

ソビエト連邦の崩壊から混乱の時期を経て、新しいロシア人の帰属意識が生まれていくプロセスを見たくて私は研究を始めました。ところが、それがいつ生まれるのか、現時点でも予想できません。現在もなお、ソビエト連邦時代の栄光を引きずり、その時代の姿を守ろうとしている政治家が政権を握っています。政治家の世代交代があるとき、新しい動きが生まれるかもしれない。私はそれを期待しているところです。
私の研究は、先行研究の読み込みやインタビュー調査、アンケート調査などさまざまな方法で行います。その際もっとも大切にしているのは、調査に参加してくれた人の安全です。ウクライナ問題以降、ロシアでは情報規制がなされ、言論の自由がなくなっています。万が一にも回答者に害が及ばないように設問や質問の仕方には細心の注意を払って研究に取り組んでいます。
ロシア人の帰属意識の研究を通して、混乱を解決する一助としたい
帰属意識は生まれつきのものではなく、政治やメディア、環境などに影響を受けて形成されるものです。そのプロセスを明らかにしていくことは、他者と共存するうえでとても大切なことです。自分のアイデンティティがさまざまなものに影響を受けて形成されたことを自覚できれば、他者も同じであると気づけます。そうすれば、お互いを尊重し合いながら対話を通じて葛藤を解決する可能性が見えてくるからです。
ロシアにおける帰属意識、およびロシア人のアイデンティティの構築を研究することによって、現在進行中のさまざまな葛藤や混乱を解決する策を見出し、平和な世界を作るための助けができればと考えています。
この一冊
『川端康成全集第八巻 千羽鶴・山の音』
(川端康成/著 新潮社)

さまざまな文学に興味を持っていた高校時代に出会った本です。わからない単語も多かったけれど、それでもなお、美しい言葉の響きに魅了されました。日本語を勉強して、いつか日本にも住みたいと、私と日本をつなぐきっかけとなった1冊です。
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ムヒナ・ヴァルヴァラ
- 外国語学部ロシア語学科
准教授
- 外国語学部ロシア語学科
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サンクトペテルブルク国立大学大学院で修士号、熊本大学で博士号を修了したのち、熊本学園大学などを経て、2015年に上智大学へ。2020年より現職。
- ロシア語学科
※この記事の内容は、2023年10月時点のものです