環境保護と経済成長は両立するのだろうか?そんな大きな問いと向き合うのが、環境経済学を専門とする地球環境学研究科の柘植隆宏教授です。持続可能な社会の実現に向けて、今どんなアプローチが求められているのでしょう。
気候変動、森林減少、海洋汚染——。今、世界が直面する環境問題のほとんどは、私たち人間の経済活動が引き起こしたものです。19世紀の産業革命によって確立された大量消費、大量生産、大量廃棄を前提とする市場経済システムは、まさにこの瞬間にも地球環境に多大な負荷をかけ続けています。
環境経済学は、こうした認識に基づいて生まれた、比較的新しい学問分野です。その最大の特徴は、環境問題の原因を特定したり、その解決策を導き出したりするために、経済学の理論や分析手法を駆使する点にあります。
なかでも私自身は、経済学のフレームワークを用いて環境の経済的価値を評価する手法について研究を重ねてきました。つまりそれは、森や海といった自然環境に備わっている多様な価値を、貨幣という単一のものさしで測ろうという試みです。どこか冷たい考え方に聞こえるかもしれませんし、誰もが納得のいく評価の基準をつくることは決して簡単ではありません。しかし、このプロセスを経てはじめて、環境と経済を同じ枠組みのなかで論じられるようになります。
人や企業を動かす仕組みをどう設計するか
例えば、ある地域で工場の建設計画が持ち上がったとしましょう。工場建設によって損なわれる周辺環境の経済的価値が、工場建設による経済効果を上回るのであれば、費用対効果の観点から計画は中止するべきだと言えます。もちろん現実はそれほど単純ではありませんが、環境の経済的価値を明らかにすることで、より適切な意志決定が可能になるのです。
市場のメカニズムを活用すれば、より効果的に環境負荷を削減する仕組みをつくることもできます。欧州諸国で導入されている炭素税のように、環境への配慮がそのまま経済的メリットにつながる制度が広がっていけば、環境対策に積極的な企業はもっと増えるはずです。
良心やモラルではなく、経済的合理性に訴えかけようというアプローチは、人々の行動変容を促すうえでも有効です。レジ袋の有料化によってマイバッグが普及したのは、まさにその典型例。環境問題に強い関心があるわけではない人々も、気がついたらサステナブルな行動をとってしまうような仕組みをつくるべく、今、多くの研究者が試行錯誤を重ねています。
奄美大島をフィールドに、新たなプロジェクトも始動
環境問題の解決にはさまざまな分野の知識が必要になるため、学際的な研究プロジェクトにも積極的に参加しています。2022年からは日本航空と連携して、奄美大島の地域活性化をテーマにした共同研究もスタートしました。
世界遺産にも登録された奄美大島の豊かな自然や歴史・文化を守りながら、主要産業である観光業を成長させていくためにはどうすればいいのか。そこを訪れた人と地元の人が一緒になって、楽しみながら地域を活性化していくような新しい観光体験をどのようにデザインすればいいのか。従来のマスツーリズムとは異なる、環境保全型の持続可能な観光の実現に向けて、現地でのフィールドワークを進めているところです。
私自身の研究はもちろんですが、環境経済学は発展途上の分野です。答えの出ていない問いも、まだまだ残されています。その一方で、日本でも集中豪雨による被害が増加しているように、環境問題が待ったなしの状況にあることも事実です。そんな危機感を持って、日々の研究に取り組んでいきたいと思います。
この一冊
『環境経済学入門』
(R・ケリー・ターナー、デビッド・ピアス、イアン・ベイトマン/著 大沼あゆみ/訳 東洋経済新報社)
世界的にスタンダードな環境経済学の入門書。出版から20年以上が経ちますが、その内容はまったく古びていません。「経済学のフレームワークを使うと、こんなことができるんだ!」という驚きを与えてくれる一冊です。
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柘植 隆宏
- 地球環境学研究科地球環境学専攻
教授
- 地球環境学研究科地球環境学専攻
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同志社大学経済学部卒、神戸大学大学院経済学研究科博士課程後期課程修了。博士(経済学)。高崎経済大学地域政策学部講師、甲南大学経済学部准教授・教授を経て、2020年より現職。
- 地球環境学専攻
※この記事の内容は、2022年9月時点のものです