呼吸器から火災旋風まで。数値シミュレーションは分野を超えて役に立つ

数値流体力学が専門の理工学部の渡邉摩理子准教授は、コンピュータシミュレーションを使って、呼吸器内での薬剤の移動や火災旋風について研究をしています。分野を超えて役立つシミュレーション研究の魅力について語ります。

長く続く咳やひどく絡むたんなど、呼吸器疾患の治療には口から吸いこんで服用する吸入剤がしばしば使われます。気道を通って気管支に行きわたらなければ、吸入剤の効果はうまく発揮されません。ところが気道は決してのっぺりとしたトンネルではなく、その構造は複雑で個人差もあるため、人により吸入剤がスムーズに流れる箇所、溜まって沈着する箇所はさまざまです。その違いに関する情報は、服薬指導や吸入剤の設計に活用できるはずですが、従来、これを容易に知る術はありませんでした。

私の研究室では、他大学の薬学部の先生と共同で、この課題に取り組んでいます。具体的には、吸入剤の粉末を模した粒子モデルを人体の呼吸器を模した呼吸器モデルに流す数値シミュレーションを行い、どれだけ粒子が気管支に行きわたるかを調べます。ただ、膨大な数の粒子の運動を1個ずつ調べるのは膨大なコストと時間がかかってしまう。精度を下げずに、100〜1000個の粒子を一つの粒子に代表させるなどして計算コストを下げるのが工夫のしどころですね。

呼吸器だけでなく火災旋風にも迫るシミュレーションの力

人体の呼吸器モデルは、実際にX線CTで撮影した画像から作成されています。人体の中は湿度が高く、粒子同士が凝集し、成長しやすいので、数値シミュレーションのモデルも、粒子の大きさが変わる場合も考慮して作ります。こうして得られたデータを服薬指導や吸入剤そのものの形や吸入容器の設計に役立てるのはもちろんですが、将来的には、患者さんの気管の形状や狭窄などの症状のパラメータを入力すると吸入剤がどこまで到達するか予測できる簡易的な診断ツールを開発できればと考えています。

このほか、火災旋風の数値シミュレーションにも取り組んでいます。火災旋風とは、地震や山火事などによる大規模火災時に発生する、炎を伴う竜巻のことです。大きな被害をもたらすことの多い竜巻ですが、詳しい発生の仕組みはまだ明らかになっていません。私が注目しているのは、従来あまり研究されてこなかった、火炎の高さの瞬間的な変動や大きなうねりなど時々刻々と変化する状態です。自分たちで組み立てた装置で燃焼実験を行い、数値シミュレーションと比較するなどして研究をしています。火災旋風の発生条件が明らかになれば、発生しやすい場所に何か対策を施したり、避難計画を立てたりするのに役立つでしょう。

混相流をキーワードに分野を横断し、応用につなげる

呼吸器内の吸入剤の流れと火災旋風。一見、何の関係もないテーマに思われるかもしれませんが、どちらも気体中に固体粒子が混ざった流れを扱っているという点で共通しています。固体と気体、気体と液体、固体と液体など、異なる物質の状態のものが混ざり合った流れを「混相流」と言います。これらの二つはどちらも固気混相流を扱っているわけです。私の研究室では混相流をキーワードとして掲げ、分野横断的な研究を目指しています。

実際の現象をシミュレーションでうまく再現できれば、もちろん嬉しいのですが、それ以上に、予想外の現象が現れたときに格別の面白さを感じます。実験では得られない速度分布や温度分布の詳細なデータを可視化できるのもシミュレーションならではの利点です。火炎の形状や渦の構造を細かく観察することができ、物理現象の考察を深められるからです。シミュレーションの適用範囲を広げて、さまざまな応用につなげていきたいと考えています。

この一冊

『時をかける少女』
(筒井康隆/著 角川文庫)

時間を自在に行き来する少女の物語です。過去をやり直すという発想や謎めいた展開に惹かれました。本書に限らず、現実とつながりを持ちながら、少し先の未来を描いたSF小説が好きです。中高生時代によく読みました。

渡邉 摩理子

  • 理工学部機能創造理工学科 
    准教授 

大阪大学工学部応用理工学科卒、同工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。株式会社神鋼環境ソリューション勤務、大阪大学大学院工学研究科フロンティア研究センター特任講師、同工学研究科講師を経て、2012年より現職。

機能創造理工学科

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University