外国語学部のマヌエラ 佐藤プリンツ准教授の専門は、外国語教育における異文化学習です。外国語としてのドイツ語の教育者・研究者として、さまざまな背景を持つ人々と有意義に関わることができる異文化理解能力を持つ人材育成の難しさを認識した上で、学生の異文化学習を効果的に支援する方法を探究しています。
私の関心は、主に外国語教育における異文化学習にあります。「文化とは何か、それはアイデンティティや認識にどう影響するのか」「人はどのように文化を身につけるのか」「異文化理解能力はどのように発達するのか」「異文化理解能力を備えた人材をどう育成するか」といった問いを通じて、研究を組み立てています。
外国語としてのドイツ語、非母語話者向けのドイツ語の教授法と学習法が、私の研究領域です。言語教育では、海外に身を置き、言語運用能力と文化的素養の両方の習得が推奨されますが、このアプローチの有効性を評価するため、私はドイツに留学した日本人学生を対象に調査を実施しました。彼らの異文化学習体験と、ドイツに対する認識や自己アイデンティティの発達が、時間とともにどう変化したのかを検証したのです。
1年間ドイツで学んだ学生に出発前、滞在中、帰国直前という3つの時点でインタビューとアンケートを実施すると同時に、同期間、留学をせずに日本に居た学生のデータも同様に収集しました。人文科学的な研究に深み加えるため、定性的手法に定量分析を組み合わせ、データに基づく要素を加えました。重要な発見の一つは、学生のドイツに対する認識が複雑化した一方で、従来のステレオタイプが根強く残ったことです。当初ドイツに好意的なイメージを持っていた学生の中には、ドイツの文化や国民性にやや否定的な見解を抱くようになった者もいました。また、自身の経験を振り返る際に、必要以上にありきたりな表現を用いる学生も見られました。
この研究により、海外に身を置くだけで異文化理解能力が育まれるとする考え方の限界が明らかになりました。学生にステレオタイプや偏見を認識させ、自分を客観的に見つめる準備を促すこと、カルチャーショックへの対処法を身につけさせることなど、体系的な支援の必要性が浮き彫りになったのです。研究成果はドイツ語を教える教師向けの研修に組み込まれました。こうした研修が、より効果的に学生の異文化理解能力を育む一助になることを願っています。
AI時代には異文化理解能力を持つ人材の育成がより重要に
現在の世界の複雑な社会課題に対応するためには、多様な背景を持つ人々と有意義な関係性を築ける人材が求められます。しかし、異文化に寛容な人は今なお少数派です。交換留学などによって人の移動は活発になりましたが、それが異文化理解や社会的寛容性の向上、さらには世界の平和に直結しているかというと、必ずしもそうとは言えません。
だからこそ、私は言語と文化が密接な関係にある外国語教育において、どうすればよりよい異文化体験を支援できるか研究し続けています。異文化理解の根底にあるプロセスを明らかにし、世界で責任ある役割を担う個人の成長を支援するツールを、研究者として教育者に提供したいと考えています。
上智大学には学際的な環境があります。これはドイツ語学科においても同様で、この環境による多様な学術的基盤が研究と教育の両方を豊かなものにしています。学生には、早い段階から研究に取り組むこと、つまり問いを立て、小さなプロジェクトを繰り返し、批判的に考察することを勧めています。こうした経験を通じて、学生はより深い文化的理解を得て、グローバル社会で生きていくために不可欠なスキルを身につけることができます。批判的思考は教育において価値があるだけでなく、異文化理解能力の発達とも密接に結びついています。
また、ChatGPTのようなAIツールが普及するにつれ、言語教育におけるコミュニケーションの文化的側面はより一層重要になると考えられます。単純な翻訳はAIで代替できるかもしれませんが、人間関係の文化的側面をAIが完全に理解できるかは疑わしいでしょう。だからこそ、言語教育は異文化学習を重視する方向に向かうべきです。文化を越えて有意義なコミュニケーションをとれる人を育てることで、この転換を支えたいと思っています。
異文化への感受性の高い人材育成のための教授法を探して
今後の研究プロジェクトの一つに、ドイツに留学した日本人学生の長期的な追跡調査があります。彼らのドイツや異文化に対する認識、意識が、この先10年から20年でどのように変化していくのかを明らかにするものです。
もう一つは、国内での異文化学習の探究です。教室内でどのように異文化理解能力が育まれるのかを検証するもので、すでに外国語の教科書の分析を始めています。今後は文化的内容がどのように教えられているのかを評価するため、授業観察を行う予定です。授業でのやりとりが批判的考察を促しているか、または意図せずステレオタイプを強めてしまっているかを見極める上で、観察は欠かせません。さらに、ドイツ語教育に携わる教師が学生の異文化理解能力を伸ばせるよう、教授法や研修の開発に貢献したいと考えています。
また、日本とドイツの共通の価値の探求を学生に勧め、両国の関係を支えたいとも思っています。日本とドイツは、価値観を共有するパートナーであり、文化的な違いを越えた友好的な外交関係を築いてきた好例です。両国に貢献できる深い文化的理解を持った人材になれるように学生たちを導き、支えたいですね。
この一冊
『The Silent Language』
Edward T. Hall/著、 Anchor Books, A Division of Random House Inc.出版
この本は、私の初期の研究において、大きな気づきを与えてくれました。文化がいかに日常生活に浸透しているかを示してくれた一冊です。空間や時間、非言語コミュニケーションなど、言葉の後ろに隠れた要素が人間の交流をどのように形づくるのかが解説されています。ステレオタイプ化や単純化への批判はありつつも、文化がアイデンティティと日常生活に及ぼす影響を示す生き生きとした事例や洞察を通じて、本書は、内容に対して批判的かつ熟考をもって向き合うことで、異文化間コミュニケーションの分野において今でも基礎となるものです。
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マヌエラ 佐藤プリンツ
- 外国語学部ドイツ語学科
准教授
- 外国語学部ドイツ語学科
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ドイツのミュンヘン大学にて外国語としてのドイツ語教育学、日本学、異文化コミュニケーションの修士号と博士号を取得。ミュンヘン工科大学(TUM)の学事・国際部のディレクターに従事しながら国際関係と高等教育における経験を積んだのち、慶應大学文学部およびドイツ学術交流会(DAAD)の特任講師を務めた。2024年より上智大学に勤務。
- ドイツ語学科
※この記事の内容は、2025年6月時点のものです