野口 莉佳さん 文学部 新聞学科 4年(株式会社クボタ 内定) 長谷川 美波さん 株式会社TBSテレビ 報道局社会部記者 司法担当(文学部 新聞学科 2020年卒業) 音 好宏教授 文学部 新聞学科
文学部 新聞学科の音好宏教授と、在学生および卒業生の3名による座談会。ジャーナリズムを学ぶ中での発見や、留学を通じて得た貴重な経験について語っていただきました。
音: 新聞学科という名称は、現在では非常に少なくなっていますが、上智大学の新聞学科は1932年に新聞科として設立された伝統ある学科です。ニュースペーパーに限らず、ジャーナリズム、コミュニケーション、メディアなどを多角的に学べるのが特徴ですが、二人はどうして上智の新聞学科を選んだのですか?
野口: 高校の授業で英字新聞を読み、意見を発表する機会があったんです。その時、海外と日本の新聞で報じ方に違いがあることに気づいて、メディアに興味を持つように。もっと深く学んでみたいと思ったのがきっかけです。
長谷川: 私は、留学したいという思いがあって上智大学を選びました。新聞学科にしたのは、漠然と報道に興味があったからですね。オープンキャンパスなどで、座学だけではなく、実践的な授業がありそうだと分かって惹かれました。
音: このスタジオでの授業がそのひとつですね。ところで、ここは、わざとサブ(副調整室)からスタジオが見えるように設計していますが、長谷川さんの働くTBSでは違いますよね。
長谷川: 効率性や緊急時の対応のため、報道局ではサブとスタジオは同じフロアに配置されています。
音: でも教育の現場では、全体を見渡せる視点が大事なので、あえてサブを上階に設置しているんですよ。このスタジオは、テレビで描かれる社会が、実態をそのまま反映しているわけではないことを体験する場でもあるんです。理論と実践を行ったり来たりしながら、視点を変えることで、より理解が深まるということですね。
長谷川: 視点を意識することで、確かに学びが濃くなりました。ドキュメンタリーを作る授業で、いろいろなところに行ってカメラを回すという経験もしたんです。実際に作品を手がけながら学んでいくにつれて、他の作品の見方が変わりましたから。
音: 二人が履修したその授業は、全部英語。番組作りの過程もすべて英語で話し合うんですよね。言語も国籍も様々なチームで大変だったんじゃない?
野口: そうですね。中国・韓国・日本の混合だったので、台本の作り方とか、撮影のスケジュールとか、かなり意見のぶつかり合いがありました。番組を作るためには、何を伝えたいのかという意思のもと、裏側の調整や話し合いが大切だと気づきました。
長谷川: 人にカメラを向けるという行為は、すごく重いことだと感じています。本当にこの人にカメラを向けていいのだろうか、向けることで何を伝えられるか、ということは今も現場で悩みます。正解がない仕事として難しさがありますね。
音: テレビ番組を作る授業ですが、目的はメディアと社会の関わりを学ぶことなんです。ちょうど野口さんは、社会に対する問題意識を卒論にまとめている最中ですよね。
野口: はい。再生可能エネルギーが日本国内の新聞記事でどのように取り上げられているかを調査して、その利点欠点を探っています。日本の場合、エネルギーごとに報道量の偏りがあるように感じたので、現在研究を深めているところです。
音: 野口さんの留学先は環境への配慮や社会福祉制度が充実しているノルウェーでしたね。
野口: 3年の秋から4年の夏まで留学し、環境学だけでなく、福祉も学びました。特に印象に残っているのは、エネルギー転換に伴う住民との対立を、心理的なアプローチでどのように緩和させるかを学んだことです。化石燃料から再生可能エネルギーへの転換には新たな発電所が必要で、その過程で様々な対立が生じやすいことが分かりました。
音: エネルギーとメディアは決して無関係ではないんだよね。政治経済学の視点からメディアのあり方を分析するというのが、この学びのメインですから。ところで、どんな意識を持ってノルウェーに行ったの?
野口: もともと北欧には福祉先進国のイメージがあり、高齢化社会を迎える日本にとって学ぶことが多いのではと考えていました。実際は、豊富な資源や高い税率など、ノルウェーだから実現できる部分が多く、日本が取り入れるのは難しいのではと感じています。じつは留学中、ルームメイトのお父さんが超過勤務で倒れたと聞き、とても驚きました。福祉先進国にも課題があり、その表と裏を知ることができたのも大きな学びでした。
音: 長谷川さんは、シアトル留学中に地元の新聞社でインターンをしていましたよね。
長谷川: 日系人が多いエリアのスーパーで、日系コミュニティー向けの新聞を見つけ、自分から連絡を取ったのがきっかけです。半年間、大学に通いながらインターンをさせてもらいました。ちょうどアメリカに日本人が移住してから150周年の節目だったので、その特集記事の担当に。日系人の家族や戦時中に収容された方々に向けてインタビューしました。一番身についたのは、自分から恐れず人に会いに行けるようになったことだと思います。
音: うまくいくことも、いかないことも含めて、その経験が将来のためにとても大事。
野口: 私がメディアではなく、環境インフラ系の企業に志望を変えたのは、留学を経験したからなんです。
音: 価値観の変化があったの?
野口: もともと固定観念にとらわれるタイプでしたが、留学先で世界中から集まった人と出会ったことで影響を受けたと思います。子どもを預けて大学で勉強している人や、学士号を5つほど取得している人など、世代もまちまちで、年齢に縛られることがないんですよね。そうしたら、自分の中の凝り固まったものが緩んできて、一番したいことを考える余裕が生まれました。
音: シアトルでの長谷川さんと同様、多くの人に出会ったんだね。
長谷川: 私がアメリカで知り合ったルームメイトも、大学に入る前に、ドイツでベビーシッターをしていた人とか、農業をしてきた人とか、バックグラウンドがいろいろ。でも一方で、皆さん、将来やりたいことのビジョンが明確で、私も刺激を受けました。
音: ジャーナリズムを学ぶことって、大袈裟にいうと民主主義の仕組みや、社会における公正さを維持することの価値などを学ぶことにもなります。さらに幅広く解釈して、野口さんのように社会貢献を意識した進路を考える人も多いよね。
野口: 内定をいただいたクボタは、環境ソリューション事業に取り組んでいる企業として興味を持っていたので、新聞学科や留学先で学んだことを存分に活かしたいです!
長谷川: 音先生の授業では、メディアが多様になれば、世間に届きにくい小さな声や、誰にも知られていない真実などを掘り起こせて社会の多様性に貢献できるということを学びました。報道の現場にいる今もこれからも、そのことを大切にしていこうと思っています。
※この記事の内容は、2025年1月時点のものです。
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