ピアニストの巧緻な手指動作を生み出す脳神経系と筋骨格系の異なる適応を発見

楽器演奏訓練により脳神経系と筋骨格系が異なる適応を示す

上智大学大学院 理工学研究科博士後期課程の木本雄大と、上智大学およびソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)の古屋晋一特任准教授および平野雅人研究員らのグループは、非侵襲脳刺激装置と外骨格ロボットを用いて、ピアニストの手指の巧緻性を生み出す脳神経系と筋骨格系の異なる適応の仕組みの同定に成功しました。この成果は、学術雑誌Cerebral Cortex (セレブラル・コーテックス誌)に、2021年8月24日付でオンライン版で公開されます。

本研究の要点
  • ピアニストと非音楽訓練経験者の手指の様々な機能を、手指外骨格ロボットと非侵襲脳刺激を用いて評価
  • 指を巧緻に動かす背景にある手指の脳神経・筋骨格要因を同定
  • 指同士の機能的な繋がりは、演奏訓練によって脳神経系では強く、筋骨格系では弱くなるよう適応していることを発見
  • 複数の指の動きの独立性と協調性を両立するためのトレーニングを開発するための基盤となるエビデンスを提供
論文名および著者

雑誌名 :

Cerebral Cortex (セレブラル・コーテックス)

論文タイトル :

Adaptation of the corticomuscular and biomechanical systems of pianists

著者(共著) :

Yudai Kimoto(木本 雄大・上智大)、Masato Hirano(平野 雅人・Sony CSL)、Shinichi Furuya*(古屋 晋一・上智大/Sony CSL

楽器を巧みに演奏したり、外科手術で精緻に器具を使いこなしたりするためには、複数の指同士を時に独立に操作し、時に協調して動かす必要があります。ある指で押さえながら、他の指は動かしたり、複数の指を同時に動かしたりできなければ、多種多様な動きを巧緻にコントロールすることはできません。しかし、このように指同士を独立に動かせたり協調させる生体の仕組みについては、未解明でした。

本研究は、ピアニストと楽器演奏訓練未経験者(非音楽家)を対象に、非侵襲脳刺激(経頭蓋磁気刺激:TMS)や手指外骨格ロボット(エグソスケルトン)を用いて、異なる指同士の機能的なつながりの強さを、脳神経系と筋骨格系のそれぞれにおいて評価し、幼少期から訓練を積んだピアニストの手指の巧緻性を生み出す脳と身体の仕組みについて調べました。
エグソスケルトンを用いた評価の結果、薬指において、他の指との解剖学的な結合がピアニストの方が非音楽家より弱いことが明らかになりました。しかし、そのような差は他の指では認められず、特に独立に動かすことが困難である指においてのみ、他の指と独立に動かす上での筋骨格系の拘束が低いことが示唆されました。

対照的に、非侵襲脳刺激法を用いた神経生理機能評価の結果、薬指を動かした際に他の指の動きを抑制する機能は、ピアニストの方が非音楽家より弱いことが明らかになりました。このことから、ある指を動かそうとした際に、他の指を協調して動かしやすくなる適応が、ピアニストの皮質脊髄路で生じていることを示唆されました。

以上の結果から、脳神経系と筋骨格系での異なる適応が、ピアニストが指同士の動きの独立性と協調性を両立する背景にあることが、本研究から示唆されました。これは、ピアニストが巧緻性をさらに高めるために、脳神経系と筋骨格系にどのようなトレーニングやストレッチが有効かをデザインし、演奏技能の熟達支援や過剰な練習による故障の予防を実現するための基盤となるエビデンスを提供します。さらに、加齢や疾患に伴う巧緻性の低下に対する最適なリハビリテーションの開発など、神経科学、医学、スポーツ科学、教育工学など幅広い分野への波及効果が期待できます。

本研究は、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所(Sony CSL)との共同研究であり、JST CREST (JPMJCR17A3)、 科研費 特別研究員奨励費 (20J22868)、学術変革領域(B)(20H05716)、基盤研究(B)(19H04020)の支援を受けて行われました。

本研究に関するお問合せ先

上智大学 特任准教授 古屋晋一
E-mail:sfuruya[at]sophia.ac.jp

上智大学 Sophia University