過去の出没記録と環境・人口・気象など多様な情報を統合して高精度に予測
本研究の要点
- 近年、自然的変化であるブナの実の凶作や社会的変化である中山間地域での過疎化・高齢化によって、クマが市街地に出没し人身事故が生じるケースが増加
- 過去の出没記録、日時、土地被覆、人口分布、気象、道路の有無、標高、食料となるブナの実の豊凶情報など、多様な時間的・環境的・社会的要因を統合した予測モデルを開発
- 2023年度秋田県全域における日別かつ1kmメッシュごとの出没有無を予測した結果、Extra Treesモデルで正答率63.7%、適合率63.5%、再現率63.6%の高精度予測を達成
- XAI技術の一つであるSHAP解析を行い、過去の出没状況、土地被覆(人口構造物、水田、竹林など)、人口分布(特に高齢者数)、標高が主要因子であることを特定
研究の概要
上智大学の大学院応用データサイエンス学位プログラムの中許 眞氏と深澤 佑介准教授は、秋田県におけるクマの出没を予測するモデルを開発しました。本研究では、過去の出没記録や日時、土地被覆、人口分布、気象、道路の有無、標高、食料となるブナの実の豊凶情報など、さまざまな要因を組み合わせてクマの出没を時系列予測しています。
予測モデルの訓練におけるデータ不均衡に対処した結果、開発したモデルは正答率63.7%、適合率63.5%、再現率63.6%と、高い精度を示しました。また、予測モデルの重要特徴量分析により、過去の出没状況や人口構造物、水田、竹林などの土地被覆、高齢者の人口分布、標高が特にクマ出没予測に重要な要因であることを明らかにしました。
この成果は、クマの出没リスクが高い地域を事前に把握し、警戒情報や対応策の効率的な配信に役立つと期待されます。なお、本研究の成果は2025年7月22日に国際学術誌「International Journal of Data Science and Analytics」にオンライン掲載されました。
論文及び著者
- 媒体名
International Journal of Data Science and Analytics
- 論文名
Bear warning: predicting encounters using temporal, environmental, and demographic features
- 論文掲載日
2025年7月22日
- 著者(共著)
Shin Nakamoto and Yusuke Fukazawa
研究の背景
近年、クマの市街地出没による人身事故は全国的に増加しており、特に2023年秋田県におけるクマの出没は年間平均800件から3,900件以上に急増しました。急増した要因としては、クマの食料であるブナの実の凶作、中山間地域での過疎化・耕作放棄地の拡大といったクマを取り巻く環境の複合的な要因が影響していると考えられています。不測の遭遇による人身事故を未然に防ぐために、クマの出没リスクを事前に予測し、住民への警告や適切な対応策の実施が求められています。
本研究では出没予測モデルの精度向上のために、多様な特徴量を設計しました。時系列でのクマの行動傾向を考慮するために、過去の出没データやその日時を取り入れました。出没時の周辺状況を考慮するために、周辺環境の人口構造物や植生情報を含む土地被覆データ、出没時やその前日の天気概況、温度、湿度、降水量を含む気象データ、標高データ、クマの食料となるブナの実の豊凶情報を活用しました。さらに、人間活動が出没や目撃報告の有無に影響することを考慮して、年齢別の人口分布データや道路情報を組み込みました。これにより、クマの出没に影響する時間的・環境的・社会的といった複雑な要因間の相互作用をモデルが学習できる設計となっています。
予測モデルは、秋田県全域における日別かつ1kmメッシュでの出没有無を目的変数としています。予測モデル構築の課題として、訓練データに目的変数のクラス不均衡が存在し、特徴量の学習が進まない点がありました。そこで本課題に対処するために、類似性に基づくアンダーサンプリングとランダムアンダーサンプリングを組み合わせ、クラスごとのデータ数を調整しました。最終的には、2021–2022年度の訓練データは出没あり 1,736件、出没なし 2,078件(合計3,814件)、2023年度のテストデータでは出没あり 3,981件、出没なし 4,772件(合計8,753件)となりました。
ExtraTreesモデルを用いた予測では、正答率63.7%、適合率63.5%、再現率63.6%と、従来の単純な空間・時間ルールやkNNモデルを上回る精度を達成しました。また、予測モデルにおける重要特徴量を分析するためSHAP解析を行い、過去の周辺の出没状況、土地被覆(人口構造物、水田、竹林など)、人口分布(特に高齢者数)、標高が主要な予測因子であることを明らにしました。また、Leave-One-Location-Out評価により、未知の場所でも安定した予測性能(Accuracy 0.601、Precision 0.568、Recall 0.563)を得られることを確認し、予測モデルの地域一般化能力も示しました。
これにより、過去の出没状況だけでなく時間的・環境的・社会的な情報を統合し、さらに不均衡データに対処した高度なクマの出没予測を可能としました。
今後の展望
今後は、リアルタイムの天気情報や最新のクマの出没情報を取り入れることで、モデルの予測をより迅速に反映させることを目指します。さらに、この手法を他の地域にも広げ、異なる環境でも活用できるかを確認することで、全国的なクマの出没対策に貢献することが期待されます。
研究内容に関するお問合せ
上智大学 大学院応用データサイエンス学位プログラム
准教授 深澤 佑介(fukazawa@sophia.ac.jp)
報道関係のお問合せ
上智学院広報グループ (sophiapr-co@sophia.ac.jp)