色素体から伸長する管状構造ストロミュールの新規機能の提案

本研究の要点

  • 世界の主食である穀類や芋類には、デンプンを合成・貯蔵する細胞小器官であるアミロプラストが発達します。アミロプラストの増殖機構は、その重要性にもかかわらず、多くの点で未解明でした。
  • 今回、モデル植物シロイヌナズナの珠皮を用いた新規解析系を確立し、そのプロトコールを発表しました。
  • 本法を用いて、「植物細胞生物学における謎」とも評される、ストロミュールという色素体の伸縮性の管状構造が、アミロプラストの増殖経路として用いられることが初めて示されました。

研究の概要

上智大学、国立大学法人琉球大学(沖縄県中頭郡西原町、学長:喜納 育江)、および国立研究開発法人理化学研究所(埼玉県和光市、理事長:五神 真)は、植物のデンプン貯蔵器官であるアミロプラスト(※1)の増殖機構の共同研究を実施しました。

アミロプラストは、光合成組織の分化色素体(※2)である葉緑体とは異なり、対称的な二分裂の他、非対称的な分裂、さらにストロミュール(※3)という非光合成組織に多い伸縮性の色素体管状構造を新規経路として用いて増殖することが明らかになりました。本成果は2024年9月に原著論文として発表され、それに続いて、2025年6月、実験プロトコールと解説を含めた研究成果が学術誌3報に掲載されました。

研究の背景

世界の主食である穀類(イネ、ムギ、トウモロコシなど)や芋類(ジャガイモなど)など、多くの植物の貯蔵器官にはデンプンを合成・蓄積する色素体であるアミロプラストが発達します。これまで色素体の増殖機構については、主に植物の葉肉細胞や藻類の葉緑体を用いて研究が進められてきました。アミロプラストに関しては、生体解析の困難さもあり、多くの点が未検証でした。

本研究では、モデル植物シロイヌナズナの珠皮(※4)を用いたアミロプラスト増殖解析系が新規に確立されました。珠皮は、胚珠内の保護組織です。シロイヌナズナの珠皮の細胞内にはアミロプラストが形成されることが知られており、シロイヌナズナの突然変異体や形質転換体のリソースを活用して、珠皮アミロプラストの増殖過程とその遺伝的制御がライブセルイメージングにより調べられました。

研究の結果、次の新知見が得られました。

  • 藻類から被子植物に至るまで、葉緑体は中央のFtsZリング(※5)形成を初期過程とする対称二分裂によって増殖します。FtsZリングとアミロプラストの狭窄形成の観察により、アミロプラストは対称または非対称的な二分裂、多分裂、またストロミュールを介した増殖の3つの経路によって増殖することが示されました。第3のストロミュールを介したアミロプラストの増殖は、ストロミュールの安定性とFtsZリング形成に依存した経路であり、色素体増殖研究の歴史の中で初めて提唱されました。
  • ストロミュールは、2000年に名付けられた色素体包膜が伸長した構造です。伸長、分岐、退縮、消失を可逆的かつ秒単位で示す動的な構造で、非光合成組織に多く見られますが、「植物細胞生物学の謎」と評され、他の細胞小器官との相互作用や物質輸送の促進、また植物免疫における機能が提唱されているものの、その役割は判然としていませんでした。今回、珠皮のライブセルイメージングにより、これまで知られていなかったストロミュール内のFtsZリング形成やその直径よりも大きいデンプン粒の輸送などが示されました。これにより、ストロミュールは「自分の体以上の獲物を呑みこむヘビ」を彷彿とさせる、高い包膜の柔軟性と物質輸送能力を持つイメージが提示されました。

今後の展望

本研究の成果は、さまざまな植物におけるアミロプラストや非光合成色素体の増殖研究の重要事例になると考えられます。未だ解明されていない、アミロプラストの分化や増殖の統御機構の研究へ発展することが期待されます。

地球レベルの気候変動に伴い、世界各国で作物生産に関する研究の重要性が高まっています。本解析系により、作物の貯蔵組織の形成やアミロプラストの生成過程がさらに理解されていくことが望まれます。

助成情報

本研究発表は、文部科学省科学研究費助成事業、日揮・実吉奨学会、農芸化学研究奨励会、理化学研究所基礎科学特別研究員制度、および上智大学学術研究特別推進費による支援のもとに実施されました。

参考文献

用語

  • ※1 アミロプラスト(英:amyloplast):植物の貯蔵器官の組織、根の柔組織、茎の内皮、根冠のコルメラなどで発達する、デンプン粒を合成・貯蔵した色素体の一種。和名は澱粉体。
  • ※3 ストロミュール(英:stromule):1997年にストロマ局在性の蛍光タンパク質を用いて再発見された直径約0.3-0.8 µmの管状構造。現在、ストロミュールの機能については、植物免疫における機能が最も注目されています。
  • ※2 色素体(英:plastid):プラスチドともいわれる植物細胞に特徴的な細胞小器官。葉緑体は葉の光合成組織で発達する色素体。植物個体中の色素体は、基本的に分裂組織に存在する未分化な原色素体が起源。
  • ※4 珠皮(英:integument):種皮の前駆体で、珠心を外側から囲む胚珠(種子前駆体)の保護組織。本研究では外珠皮の第二層(表皮)を使用。
  • ※5 FtsZリング:FtsZはバクテリアから藻類・陸上植物まで高度に保存されているチューブリン様のタンパク質で、緑色植物系統にはFtsZ1とFtsZ2の2種類のFtsZタンパク質が葉緑体分裂初期にストロマ(色素体内部の液質領域)で重合してリング構造を形成します。

論文名および著者

1. 「アグリバイオ」誌掲載

媒体名

アグリバイオ(北隆館)

論文名

色素体から伸長する管状構造「ストロミュール」の新規機能

論文掲載日

2025年6月号

オンライン版URL

(印刷体にて発表)

著者(共著)

藤原 誠(上智大学), 伊藤 竜一(琉球大学)

2. Bio-protocol掲載

媒体名

Bio-protocol

論文名

Using a Live Analysis System to Study Amyloplast Replication in Arabidopsis Ovule Integuments

論文掲載日

2025年6月5日

オンライン版URL

https://bio-protocol.org/en/bpdetail?id=5333&type=0

著者(共著)

Makoto T. Fujiwara, Rin Arakawa(琉球大学), Tomoko Abe(理化学研究所), Ryuuichi D. Itoh

3. Cytologia掲載

媒体名

Cytologia

論文名

Amyloplast imaging system in Arabidopsis ovule integument

論文掲載日

2025年6月25日

オンライン版URL

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cytologia/90/2/90_D-25-00034/_article/-char/en

著者(共著)

Makoto T. Fujiwara, Ryuuichi D. Itoh


本リリース記載の研究内容に関するお問合せ先

上智大学 理工学部 物質生命理工学科

教授 藤原 誠

m-fuji@sophia.ac.jp

報道関係のお問合せ

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sophiapr-co@sophia.ac.jp

上智大学 Sophia University