第5回「人間の安全保障と平和構築」戦禍の記憶~世界各地を撮り続けて〜 2021年7月6日 実施報告

大石氏

2021年7月6日(火)午後7時5分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」の2021年度の第5回目が、オンライン形式で開催されました。

この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生や市民、外交官やNGO職員、国連職員、政府職員、マスコミや企業など、多様な分野から集まった人たちが、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。

第5回目のセミナーでは、ドキュメンタリー写真家として活躍され、紫綬褒章、土門拳賞、その他多数受賞をされてきた大石芳野氏が、「戦禍の記憶~世界各地を撮り続けて〜」をテーマに講演されました。

西澤教授

会の冒頭、上智大学高大連携担当副学長の西澤茂教授が、今回のセミナーにて世界の紛争の現実を伺えることへの期待と、副学長業務とセミナーの関連について述べました。高大連携副学長の役割が、大学と外部のステークホルダーとの連携や関係構築を図ることであり、大学と外部との関係構築を通じてグローバルな課題に取り組むことの意義を語り、本連続セミナーもそのような役割を担っていると強調しました。また、オンライン形態のイベントの普及により、世界各地や、日本各地から多くの人々の参加が可能となり、本セミナーを含め、様々なシンポジウムやセミナーが、グローバルな課題への取り組みに繋がっていくことへの期待を示しました。

大石芳野「戦禍の記憶」から

講演の冒頭、大石氏は、今まで世界各地で撮影してきた紛争地での写真を紹介しながら、それを通じて、現代の戦争について一緒に考える機会にしたいと述べられました。大石氏は、20代半ばに、東南アジアの様々な場所で取材・撮影をする中で親しくなった人たちから、第二次世界大戦中の記憶を打ち明けられ、大きなショックを受けました。そして「戦争は終わっても、個人の中での傷は終わらない」というテーマにこだわり、40年以上お仕事を続けてこられました。

大石芳野「戦禍の記憶」から

大石氏は、戦禍を撮り続けながら、一度始まった戦争は勝敗に関わらず、人々の中に大きな心の傷を残し、年を経るほど悪夢となっていくことを強く感じてきたと述べられました。その後、ベトナム、ラオス、カンボジア、アフガニスタン、コソボ、スーダン、アウシュビッツ、中国、広島、長崎、沖縄にて撮影された数々の写真を、それにまつわるエピソードと共にご紹介されました。ベトナムに関しては、戦闘や戦争で使用された枯葉剤の影響で傷や障害を負った人々の写真を紹介し、戦争が終わってもその傷跡は後世まで残ることを伝えました。ラオスに関しては、撤去に200年はかかるといわれる多くの不発弾が存在することを説明した後、普通に生活をする中で不発弾の脅威と向かい合う人々の姿を紹介しました。カンボジアについては、プノンペン郊外や地方の殆どにキリング・フィールド(虐殺を行った場所)があることを語り、紛争の記憶やそれを残していこうとするカンボジアにおける取組みを紹介し、虐殺の悲惨さと、それでも生きていく希望も存在することを語られました。

アフガニスタンに関しては、ソ連軍進攻から始まる内戦の概要に触れられ、誤爆後の現場に座る子供たちや、戦争によって心身を病んだ子供たちの写真や、その状況について述べました。コソボに関しては、大石氏はメディアの報道を通じて、着の身着のまま逃げたコソボの人々の姿と、今まで見てきた難民の姿が重なり、現地へ赴きました。そして、紛争の傷跡と共に生きる人たちの悲しみや暮らしぶりを現地で撮った写真と共に詳細に説明しました。南スーダンに関しては、戦争孤児になった人々や難民となった人々、また戦争のトラウマを負った子供たちの写真を紹介しました。

アウシュビッツに関しては、囚人の毛髪で織られた毛布、人が小さく見えるほど大きく盛り上がった強制収容所の囚人の遺灰の写真、強制収容所で人生が大きく変わったと語るユダヤ人画家の写真など紹介し、その圧倒的な罪の深さに触れられました。中国に関しては、日本の軍医によって捕虜の人体実験が行われた事実を話され、服を着せられないまま、リアカーに載せられた大勢の人々を見たエピソードを語った男性の写真なども紹介されました。

大石芳野「戦禍の記憶」から

広島に関しては、76年前の原爆投下によって子供の頃に被害を受けた方々の写真とその生涯について語られました。家があった爆心地に立つ女性の写真と共に、実家に帰ると家族の遺体を見つけたショックで家族の遺骨と共に自殺しようと向かった川が、自分の飛び込む場所が見つからないほど死体で溢れていたため、生きる道を選んだという女性の話を語ってくれました。そして、被爆で重傷を負いながらも、一生懸命、生きる道を選んだ人々の姿を紹介しました。長崎に関しては、学徒動員の仕事中に被爆した男性の写真、幼い頃に被爆した女性の写真を紹介されました。そして、被爆地の範囲が国によって決められ、被爆者と認められなかった人たちがいまも体内被曝で苦み、多くの人々が白血病で亡くなっているにも関わらず、被爆者と認められず支援を受けていない事実を明らかにされました。

大石芳野「戦禍の記憶」から

沖縄に関しては、小さな頭蓋骨の写真と共に、子供が戦争の被害を受けることへの無念が語られました。一方で、沖縄戦で亡くなった人々の魂を忘れないための活動が現在まで続いていることを、いくつもの写真と共に述べられました。

音教授

講演後、上智大学新聞学科教授の音好宏教授からは、心打たれる講演への感謝がまず述べられました。そして、大石氏が戦禍を撮り続ける中で、社会で常に傷つくこととなる人々を写してきたことの意義の大きさを強調しました。また大石氏の活動が、社会で声を出せない傷ついた人々の声を現場で写真を撮ることで可視化する仕事でもあり、小さきものの声を記録し、見えるようにすることが、平和を可視化するきっかけにもなっていると解説されました。最後に、ジャーナリズムの仕事が、戦禍を記録に残すだけでなく、平和運動に繋がることも言及し、それを大石氏が先んじて行ってこられたことに対する敬意の念を表し、このセミナーで貴重な講演を頂いたことへの感謝を改めて伝えました。

東教授

その後、セミナーの参加者から、多くの質問が寄せられ、大石氏はその一つ一つに、ご自身の様々な体験を踏まえながら丁寧に答えてくれました。会の最後、この連続セミナーの主催者で、司会を務める東大作教授が、大石氏の「戦争を止めることを考え続けることに意味がある」というメッセージに勇気づけられたこと。また、声なき声を伝えること、脆弱な人の声を聞き、それを伝えることについては、平和構築を専門とする研究者として続けていきたいと述べました。また大石氏が、国内と海外と、その双方で取材を続けておられる点について、人間の安全保障や平和構築においては、国外で起きていることについて考えることと、国内で苦境に直面する人々のことを考えることは、同一線上にあることが強調しました。その意味でも、大石氏の活動が尊いものであることを改めて確認できたセミナーだったと締めくくりました。

セミナーの様子

最後に大石氏が、若い人へ向けたメッセージを語りました。日本の戦争は76年前に終わり、現在、存命している方や、記憶が残っている方は少ないため、身の周りの様々な人に戦争の記憶について話を聞き、記録する作業を行ってほしいと語りかけました。そして、たとえ戦争を知らない世代であっても、先代の経験を聞いて追体験することが大事であると述べ、戦争の記憶を残し続けることの大切さを強調されました。

講演の最後に西澤副学長は、写真から戦争を考えることが非常に印象に残ったことや、どんなことであっても、行動を起こすことの重要性も述べました。上智大学では難民の高等教育プログラムを検討しており、紛争により教育を受けることのできない学生を受け入れることや、そしてそのような学生と世界の現状についてディスカッションを行っていくことなどの可能性についても語り、本セミナーも含めた継続的な発信を続けることの大事さも強調しました。

このセミナーでは、大石氏の写真やその背景にある一つ一つの取材体験の共有を通じて、「戦争が残していく傷について共に考える」という作業を、多くの人が一緒に経験する内容となりました。様々な立場から、戦争の記憶を残し、これからの戦争について考えるきっかけとなる貴重な機会となり、2021年度の「人間の安全保障と平和構築」連続セミナーを締めくくるにふさわしい会となりました。

上智大学 Sophia University