ロシア極東地域がこれまで日本、中国、朝鮮半島とどういった関係を持ってきたのかというテーマから研究をスタートさせた外国語学部の天野尚樹教授。サハリン島や奄美群島など、境界の島をめぐる現在の研究について語ります。
私は、「戦争と国境の変動、人の移動」をテーマに境界の島の歴史と戦争について研究しています。境界に関わる現象を扱うこの学問分野を「ボーダースタディーズ(境界研究)」と呼びます。
特に、日本とロシアの境界に位置するサハリン島について約20年間にわたり観察しています。サハリン島は20世紀だけでも日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦によって複数回国境が変わり、住民が入れ替わりました。日本が加害者としてロシアの民間人を虐殺したことも、逆にソ連(ロシア)が日本の民間人を虐殺したこともあります。
サハリン島にはロシア人だけでなく、日本人、朝鮮人、アイヌも含めた歴史があり、さまざまな文化が混在しています。ウクライナ戦争以降、サハリン島は海外旅行が難しくなったロシア人の国内旅行先として注目され、日本統治下時代につくられたスキー場が改修されてロシア有数のスキーリゾートになっています。
かつて日本がつくった建物や、小樽から貨物船で直輸入している日本のサプリやお菓子なども人気があります。2022年からロシアは日本を非友好国としていますが、こうした状況下でも日本とサハリン島の間には止めようがない繋がりがあります。政治的に引かれた国境線で色分けされた世界地図のような考え方では見えてこない、色が混ざり合ったような境界地域の動きを考察することが、ボーダースタディーズです。
学際的アプローチで奄美群島の歴史を紐解く
日本が関わる島で、戦争によって国境の変動と人の移動が起きた境界地域はほかにもあります。最近、私が研究対象としているのは奄美群島です。
1946年から53年まで奄美群島は米軍の統治下に置かれ、奄美大島の中心地である名瀬(現・奄美市)をはじめ、各所で住民による返還運動が起きました。奄美の人々はどのような返還運動をしたのか。アメリカ側は奄美群島の返還が対日戦略にどのような効果をもたらすと判断したのか。そういったことを考察していますが、奄美の生活や文化のあり方を知らないと島を理解することはできません。
たとえば、米軍統治下では文学や音楽の創作、そして何より演劇が空前絶後のブームを生みます。返還を願う歌は運動のシンボルになりました。政治学に軸足を置きつつ、文化人類学や社会学の発想も取り入れた学際的なアプローチで奄美の戦後史を深く見ていきたいと思っています。
戦争のない未来をつくるために歴史学者ができること
戦争があり、権力を持った側によって国境線が引き直され、住民たちは翻弄されて殺戮され、移住、あるいは苦しい残留を強いられる。それが戦争と国境の変動で起こる実際の現象です。
私が戦争の歴史を研究するのは、戦争のない未来をつくりたいから。戦争には必ず被害者がいます。私はどこの国の立場にもよらず、被害者の立場で歴史を見たい。被害者の声が分かる史料をなんとか見つけ出し、復元する。生存者や、体験を伝え聞いた人にインタビューする。そうやって戦争の犠牲者の痛みをできる限り掬い上げて、痛みを味わわざるを得なかった場面を再構成して歴史として伝えていく。これは現在や未来につながる仕事だからこそ知的に燃えますし、歴史学者としての使命だと思います。
まずは、サハリン島と千島列島の通史を書くこと。日本だけ、ロシアだけではない全体の歴史をまとめた書物はまだない。日本とロシア両方の歴史を見てきた研究者はあまりいないからこそ、私がやるべき仕事だと考えています。
この一冊
『日本文明と近代西洋−「鎖国」再考』
(川勝平太/著 NHKブックス)
「日本の近代はヨーロッパとの出合いに衝撃を受けて西洋化した」という図式を見直そうという歴史学の流れがあり、話題になった本です。大学3年生の夏休みに根室でロシア語通訳のアルバイトをしていた時に読みました。すべてのページが知的な興奮に満ちていて、本を読んで初めて本当に面白いと思いました。
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天野 尚樹
- 外国語学部ロシア語学科
教授
- 外国語学部ロシア語学科
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上智大学外国語学部ロシア語学科卒、同大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士前期課程修了、北海道大学大学院文学研究科歴史地域文化学専攻博士後期課程修了。博士(学術)。山形大学人文社会科学部准教授、同教授を経て2025年度より現職。ロシア語・ロシア極東近現代史・ボーダースタディーズ専攻。
- ロシア語学科
※この記事の内容は、2025年7月時点のものです