留学が大学生の言語能力構築に与える影響:回帰不連続デザインを用いた分析による研究成果を発表しました

奨学金により留学確率、英語力、国際的志向性などが高まることが明らかに

概要

本研究は、上智大学経済学部の樋口裕城准教授と、東京財団政策研究所の中室牧子研究主幹らの研究チームが、文部科学省「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の協力を得て、大学生の留学が言語力や国際志向性に及ぼす影響について明らかにしたものです。

このことを明らかにするために、「トビタテ!留学JAPAN」の選考にぎりぎり受かった学生とぎりぎり漏れた学生とを比較する「回帰不連続デザイン」の手法を用いました。その結果、奨学金を受給できたことで、留学確率、英語力、国際的志向性、外国語コミュニケーション能力が有意に向上することが明らかになりました。既存の研究では、海外留学の効果について、欧州の大規模な留学奨学金プログラム「エラスムス計画」のデータを用いた実証研究が発表されてきましたが、日本を含むアジア圏から留学した学生のデータを用いた研究はほとんどありませんでした。

本研究成果は、東京財団政策研究所の研究プログラム「教育の『質』が子供の学力や非認知能力に与える影響」(研究代表者:中室牧子研究主幹)によるもので、2023年9月にJournal of the Japanese and International Economies誌に掲載されました。

背景

コロナ禍前、留学の機運は高まりつつあり、独立行政法人日本学生支援機構が実施している「日本人学生留学状況調査」によると、2009年には3.6万人だった日本人の留学者数(正確には、大学などが把握する大学間交流協定に基づく留学などによる日本人の留学者数)は17年に10万人の大台に乗り、19年には10.7万人まで増加していました。20年度はコロナ禍のため、留学者数が約0.1万人にまで激減しましたが、出入国制限の緩和が進んだ21年度には約1.1万人に回復し、今後はコロナ前の水準に戻っていくのではないかと期待されます。

しかしながら、留学がどのような効果をもたらすかについては明確に解明されていません。それは、誰が留学するかは個人の意思や希望によって決定されるという「自己選抜」の問題があるためです。留学を希望する学生は、留学を希望しない学生よりもそもそも学習意欲が高く、コミュニケーション力などの能力も高い傾向があると考えられます。そのため、留学前後の単純な比較で、純粋な留学の効果を知ることはできません。

他方、留学した学生とそうでない学生を比較すると、「そもそもの違い」を拾ってしまうことになります。例えば、横田雅弘・太田浩・新見有紀子(編)『海外留学がキャリアと人生に与えるインパクト:大規模調査による留学の効果測定』では、留学経験者約4500人と非経験者約1300人を対象とした大規模アンケート調査を基に、留学には非常に大きな効果があり、年収にして100万円以上のリターンがあると結論づけていますが、この差には「そもそもの違い」が含まれてしまっています。

上記のような先行研究の課題を乗り越えるため、奨学金受給のための選考時のスコアを使い、「回帰不連続デザイン」の手法によって、留学支援の奨学金が留学の成果に及ぼす因果効果について分析を行うこととしました。

研究手法・成果

本研究は、上智大学の樋口裕城准教授、東京財団政策研究所の中室牧子研究主幹、豪メルボルン大学のカーステン・ローバー教授、早稲田大学の佐々木みゆき教授、関西大学の八島智子教授と共同で実施し、「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の協力を得て、留学が言語力や国際志向性に与える因果効果について分析しました。このプログラムは、文部科学省が展開し、企業からの寄付により返済不要の留学奨学金を給付するものです。

分析は、奨学金受給のための選考時のスコアを使い、「回帰不連続デザイン」の手法で行いました。直感的に言えば、ぎりぎりで選考に受かった学生と漏れた学生とを比較するという分析方法です。

前述の「自己選抜」の問題が生じるため、合格点を大きく上回って余裕で合格した学生と合格点を大幅に下回っている学生は、比較対象としてふさわしくありません。一方、合格点付近の学生に対象を絞れば、たまたま書類審査者あるいは面接官との相性がよかった、あるいは面接で自分の得意分野の話題になったなど、ほぼランダムな要素で合否が分かれます。その結果、合格した学生と不合格となった学生との差が少なく、留学の効果を取り出すことが可能になります。この考え方が回帰不連続デザインの肝となります。

なお、本プログラムの奨学金には対象が高校生のものと大学生・大学院生のものとがありますが、多くの高校生の留学期間は1カ月間と短いため、大学生・大学院生対象の奨学金のみを分析の対象としました。

分析の結果、奨学金の存在により大学生・大学院生の留学確率が40ポイント上昇していることが明らかになりました。これは、奨学金プログラムに合格した学生のほぼ全員が留学するのに対し、不合格であった学生は60%しか留学しないということを意味します。つまり、奨学金が多くの学生の留学を後押ししていることを示しています。

また、通常の奨学金プログラムでは、不合格者のデータが集められることはまれですが、本研究では、不合格者のデータも集めることで奨学金の留学促進効果の定量化が可能となりました。その結果、合格した学生のほうが有意に長い期間の留学をしており、奨学金によって、より長期にわたる留学が可能になったという証拠も得られました。ただし、不合格の学生のうち60%「も」の学生が、ほかの奨学金や自己資金により留学していると言えるかもしれません。

また、応用言語学者の共著者が独自に開発した語用論的な英語力を測る試験を用いて測定したところ、奨学金によって英語力が33%(1.15標準偏差)上昇していることが明らかになりました。これは統計的に有意な向上で、効果量としても大きいといえます。さらに、応用言語学の研究で外国語能力構築の重要な説明要因とされている国際的志向性と外国語コミュニケーション能力の認知に関するスコアも、奨学金によって有意に向上することが明らかになりました。

つまり、奨学金によって大学生・大学院生の留学が後押しされ、英語力が向上し、さらなる外国語能力の構築につながるような態度が醸成されていることが明らかになりました。

今後の展開

本研究では、経済学者と応用言語学者という異なる分野の研究者が、「トビタテ!留学JAPAN」事務局と協力してデータの収集と分析を行い、その奨学金プログラムのインパクトを測定しました。また、事務局に加え、プログラム応募者からの協力が得られたことにより、本研究の成果につながりました。

行政と研究者の協働による本研究は、エビデンスに基づく政策立案(EBPM、Evidence-based Policy Making)の一例と言えます。日本でもEBPM推進の機運はありますが、総じてみれば欧米の水準には遠く及びません。今後も政府・自治体・国際機関等と協力し、政策主体が実際に実施している政策の効果測定を実施し、「エビデンスに基づく政策」の先行事例をつくり、その定着に貢献したいと考えています。

研究プログラムについて

本研究は東京財団政策研究所の研究プログラム「教育の『質』が子供の学力や非認知能力に与える影響」(研究代表者:中室牧子研究主幹)により実施されたものです。

論文情報

掲載誌

Journal of the Japanese and International Economies

題名

Impact of studying abroad on language skill development: Regression discontinuity evidence from Japanese university students(「留学が大学生の言語能力構築に与える影響:回帰不連続デザインを用いた分析」)

著者

Yuki Higuchi(*), Makiko Nakamuro, Carsten Roever, Miyuki Sasaki, Tomoko Yashima  (*)責任著者

DOI

10.1016/j.jjie.2023.101284


研究に関するお問合せ先

東京財団政策研究所 研究部門 担当:野村

E-mail: nomura@tkfd.or.jp


報道関係のお問合せ

上智学院広報グループ

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