地域の枠組みを越えたグローバル・ヒストリーから世界を見つめる

「日本史」「ヨーロッパ史」「アジア史」などというように、国や地域の枠組みから捉えることの多い歴史学の世界。外国語学部の飯島真里子教授は、国境や地域の壁を越えた新たな視点から、人や食の移動の歴史を見つめています。

私は19世紀末から20世紀前半にハワイへ渡った、コーヒー農園で働く日本人移民とその子孫(日系人)について研究しています。そもそもなぜ、ハワイにコーヒーがあるのだろう。そんな疑問から研究を進めると、コーヒーの木がハワイへ移動した経緯にも歴史があることに気づきました。そこで、世界全体を空間として捉え、その中の関係性からその時代の解釈を試みる「グローバル・ヒストリー」というアプローチで研究を行っています。

研究のテーマは、食と人。太平洋諸島に移動・移植されたコーヒーや砂糖の栽培史や生産史を中心に調べています。砂糖は、製糖工場でサトウキビからジュースをつくり、それを煮詰めてつくられます。製糖工場を大きくしていくためには、大規模なサトウキビ農園とたくさんの人手が必要です。19世紀半ば以前、西インド諸島で実施されていた製糖作業には、奴隷が従事していましたが、太平洋諸島に渡って来た頃には奴隷制が廃止されています。そのため、そこにアジア系の移民、とくに中国、フィリピンの移民が農園にやって来たのです。コーヒーも似たような歴史があり、農園制度のシステムの移動を調べると、太平洋諸島における人・食の移動、システムの変遷が複合的にわかります。

太平洋諸島のコーヒーから見えてくる、さまざまな歴史

大学2年生の頃、ハワイ旅行でコーヒー農園に立ち寄った時の体験が研究の原点にあります。日系アメリカ人の農場経営者の方と知り合う機会があったのですが、彼が英語しか話せないことに驚きを覚えました。この驚きが、アメリカ史のなかで移民がどう位置づけられているのか調べてみよう、というきっかけになりました。

日本の教育では、歴史の分野は世界史と日本史に分かれていますが、日系人の方たちの歴史は、両方の歴史から漏れてしまっているのはないか。そして、地理的な枠組みで歴史を捉えると、見る射程を狭め、固定化させてしまうのではないか。そこで、グローバル・ヒストリーという手法で研究を進めようと思ったのです。

最近は、とくに19世紀以降、欧米やアジアからやってきた人々が太平洋という地域をどう見ていたかについて研究しています。当時の文献、絵画や日記を読み込み、それらの地域の人々が持っていた太平洋に対する想像、野望、ビジョンなどについて調べています。とくに、今はコーヒーの移動の歴史と絡めてみていますが、そうするとイギリス帝国史の文脈から太平洋が見えてくるのも非常に興味深い点です。このような研究を通じて、当時のハワイ諸島をめぐる人や物などさまざまな往来が、現代のハワイをどのように形成してきたのかをグローバル・ヒストリーの視点から明らかにしようと思っています。

当たり前のことを疑い、多面的な視点で物事を見ていく

歴史学は現代社会の課題解決に直結しないと思われがちです。しかし、ジェンダー、人種などの問題を歴史から紐解いていけば、どのような時代に、なぜそのような規範が制度化されていったのかの原点を解明する手掛かりになると思います。

学生には、自分が「当たり前」と思っているものに疑問を持つことが重要だと伝えています。たとえば、日常何気なく食べているものや生活で使っているものでいいので、まず疑問をもってみる。そして、既成概念にとらわれずに、多面的な視点から自分なりの答えを探していく。そのような身近なものから発する探究心が、学問を極める大きな可能性を秘めていると思います。

この一冊

『帝国のフロンティアを求めて 日本人の環太平洋移動と入植者植民地主義』
(東栄一郎/著 名古屋大学出版会)

2022年に、現在の私の研究のインスピレーションとなった英書を翻訳しました。日本帝国が拡大していく過程で、アメリカやハワイにおける日本人移民の経験、とくに農業に関する知識が重要であったことを分厚い資料調査から明らかにしています。まさに、分野の枠組みを超えた一冊です。

飯島 真里子

  • 外国語学部英語学科
    教授

上智大学外国語学部英語学科卒、オックスフォード大学大学院博士課程修了。博士(歴史学)。上智大学一般外国語教育センター嘱託講師、東京純心女子大学専任講師、上智大学外国語学部英語学科嘱託講師、准教授などを経て、2021年より現職。

英語学科

※この記事の内容は、2022年6月時点のものです

上智大学 Sophia University