第3回「人間の安全保障と平和構築」JICAの平和構築支援~国際機構との連携とその課題~ 2021年6月8日 実施報告

加藤氏

2021年6月8日(火)午後7時5分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」の2021年度の第3回目が、オンライン形式で開催されました。

この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生や市民、外交官やNGO職員、国連職員、政府職員、マスコミや企業など、多様な分野から集まった人たちが、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。

第3回目のセミナーでは、元JICAアフリカ部長であり、JICA上級審議役として活躍されている加藤隆一氏が、「JICAの平和構築支援~国際機構との連携とその課題~」をテーマに講演しました。

佐久間理事長

会の冒頭、上智学院理事長の佐久間勤・上智大学教授が、平和構築は国際社会の中で生きる私たちにとって重要な課題であり、「他者のために、他者と共に」をモットーとする上智にとっても平和構築や国際協力は重要な課題であると述べられました。国際協力分野での上智大学とJICAの連携にも触れ、本セミナーが上智大学内外の多くの若者に影響するものであり、国境や世代を超えた積極的なディスカッションへの期待を述べました。

本学グローバル教育センター長の出口真紀子教授は、前回のセミナーにおける学生や高校生の質疑応答に感銘を受け、今回も多くを学びたいと期待を寄せました。

加藤氏の講演の冒頭では、そのご経歴が紹介され、上智大学の出身であること、またJICAに入構後、主にアフリカで経験を積み、アフリカ地域の専門家として平和構築等のオペレーションの指揮をとってこられたことが説明されました。

講演の様子

20世紀後半の国内紛争の代表例であるルワンダ、武装組織と政府の間の紛争が続くマリ、内戦が続く南スーダンにおける、最近のニュースの事例を紹介された後、平和構築の定義と現実に関する説明がありました。紛争後の国家で、持続的な平和作りを目指す「平和構築」活動は、軍事・政治・経済・社会的枠組み、それぞれが必要であること。1990年代以降は特に経済・社会的枠組みの重要性が認識されるようになったこと。また平和構築プロセスには紛争のステージに応じた理論はあるものの、実際の現場ではその通りには行かず、多様なアクターの活動が混合した形で実施されていることなどを紹介しました。

その上で、加藤氏は平和構築の現状と課題について説明しました。現代の紛争の多くが国内紛争であり、かつ紛争を発生させない制度作りが必要であると強調しました。また、紛争の長期化によって人道・開発・平和構築の連携が必要となること、紛争の国際化によって地域的アプローチが必要となっていること、近年の民主化の停滞により政府と住民の内発的な関係構築が必要になると述べました。暴力的紛争の動向として、その大部分が内戦であり、また国際化する傾向があるため、ガバナンスが不安定な脆弱国家が増えており、それが特にアフリカ・中東地域におけるSDGs(持続可能な開発目標)達成の停滞にも繋がっているという課題を示されました。紛争に伴う国内避難民の問題にも触れ、現在その人数が史上最悪の状態にあり、避難民受入国側の不安定化が誘発される危険性も指摘しました。また、暴力的過激主義の問題に関して、武装した急進派によるテロ行為など過激主義が増えていること。また若者が過激主義に走る要因に、政治・経済的な機会の不平等、地方と中央の格差、多様性への不寛容、政府への信頼の欠如、統治能力の不足などがあり、それらへの対応が重要であることを強調しました。加えて、新型コロナウイルス感染症の影響により、紛争の観点では政府の対応への不満などから紛争は悪化の方向に動いていること。また感染症を契機とした政府の強権化の傾向にも懸念を示しました。

講演の様子

そのうえで、JICAの活動の方向性について述べました。まず、JICAの支援はSDGs16(平和と公正をすべての人に)も重要視しており、公正で包摂的な社会の実現と平和と安定を目指していること。そのために、紛争が再発しにくい、強靭な国家社会づくりが必要であると指摘しました。そして、人々に対して包摂的で公正で機能的なサービスを提供することで政府と人々の間に信頼関係が生まれ、強靭な国家社会が成立可能となると述べました。また、そのような取り組みは、政府の能力強化と住民のエンパワメントの両者を重視する「人間の安全保障」のアプローチでもあると述べたうえで、JICAの平和構築における支援を、アフリカ諸国における活動の具体例を含めながら説明しました。まず、行政能力強化と信頼醸成に関する支援では、住民に近い地方政府の強化を重視し、住民と政府との信頼関係を構成するプロジェクトに力を入れていると紹介しました。次に、難民への支援では、UNHCRなどの他機関との連携をもとに人道支援と開発協力の連携(Nexus)を図りながら、難民受入国の支援や、難民を対象とした人材育成を行っていることを具体的な活動例を交えながら紹介しました。統治機能の強化に関しては、紛争影響国での警察官研修や学校建設などを通じた警察機構の育成を、国連機関や国連PKO・国際機関と連携しながら担っていること。また、ルワンダにおける障害をもつ元戦闘員の社会復帰の支援活動では、多様な戦闘員や民間人への合同技能訓練を通じて、対立者同士の和解促進にも力を入れてきたことを説明しました。

最後に、支援国別の活動内容が紹介されました。南スーダンでは、行政強化と若年層が活躍できる社会を目指し、ガバナンス支援や教育、農業開発を通じて、政府への信頼醸成、生活の安定や社会宥和を図り、紛争が再発しにくい社会づくりを続けてきました。また、スポーツを通じて出身が異なる若者が交流する取り組みも紹介され、共に取り組む機会が相互のわだかまりの減少に繋がることを指摘しました。また、ナイジェリアにおけるJICAとUNDPが協力した政府高官の日本での研修活動が紹介され、戦後復興の歴史、自治体の仕組み、コミュニティー協働、震災復興での行政の役割などを相互に学び合う試みを続けていると述べました。サヘル地域では、暴力的過激主義と脆弱国家の問題に関して、安全保障、政治、開発などの分野で多様なアクターが協働しており、JICAの活動として、多様なアクター間の協調活動への参加や、治安悪化地域における教育・職業訓練やガバナンスの支援などの開発協力に関わっていると紹介しました。

加藤氏

最後に、加藤氏は今後の展望について述べました。JICAでは緒方貞子氏の影響から「人間の安全保障」を中心とした現場主義が平和構築活動の基礎となってきたと述べました。また、平和構築は、開発協力の主流となっていると共に、JICAの開発協力においても重要な柱となること、加えて日本の平和構築の取り組みは、相手国のオーナーシップ尊重を徹底していることを強調されました。そして今後の日本やJICAの役割として、この連続セミナーの主催者で、司会を務める東大作上智大学教授が唱えている、日本の「グローバル・ファシリテーター」としての役割として、異なる主体間の対話を促進することや、日本の経験の共有、他機関との連携におけるオーガナイザーとしての役割が期待されると指摘しました。加えて、今後の平和構築や開発協力における民間企業の参入や、デジタル・トランスフォーメーションの活用、若い世代への期待を熱く語りました。

東教授

講演後、司会を務める東教授が、日本のグローバル・ファシリテーターとしての役割を、加藤氏が現場の視点から賛同してくれていることに勇気づけられたこと。またJICAや日本のNGOの、現地の人をカウンターパートナーとする姿勢とそれに基づく信頼を活かしていく活動について、期待を寄せました。

出口教授

次にコメンテーターを務めた出口教授が、難民受入れ国の多くが開発途上国である事実を踏まえ、先進国のもつ特権の可視化が必要だと指摘し、その問題に関する平和構築に関わる方々の姿勢について質問しました。また、インクルーシブな支援を持続可能なものにするためのアプローチに関し、プロセスの初期段階からコアメンバーとしてマイノリティに発言権を与えていくことの必要性を指摘しました。その上で、そのような対等な対話を実現するファシリテーターを養成するために、どんな取り組みをしているか、などについて質問しました。

これに対し、加藤氏からは、日本などの先進国が持つ特権は認識しなければならず、また海外での活動に関して日本の市民から必要性を認めてもらうためには、国内に伝えて理解してもらう活動が必要であるという意見が示されました。また、JICAのプロジェクトでは、地域住民に主体的に活動を行ってもらうよう、普段声を挙げられない人に主導権を持ってもらったところ、プロジェクトが上手く進んだ例があることを指摘し、JICAが無意識に行っていた初期段階からのマイノリティの取り込みの有効性に、出口教授の話から改めて気付かされたと述べました。

その後、多様な地域から参加された参加者から、多くの質問が出され、加藤氏はその一つ一つに丁寧に応えました。セミナーの最後には、佐久間理事長が、JICAの現地主義や、多くの学生がセミナーに関心をもって参加したことに感銘したと述べました。また、日本の入管などにおける外国人への姿勢についての疑問を述べ、今回のセミナーが、日本の国内における外国人への姿勢について、見直す機会になったと述べ、今後のセミナーへの期待を述べました。最後に加藤氏は、国外の活動と国内の活動は常に繋がっており、国内での活動と海外での活動は本質的に同じであることを明示されました。そして今後の支援が、一方的なものではなく、お互いに学び合うものとなること、その中でJICAがファシリテーターの役割を果たすことができるはずと、語りました。

最後に東教授が、今回のセミナーには、世界各地から国連職員やJICA職員、外交官などが参加すると同時に、高校生も含め、世代を問わず多くの方々の参加があったことを伝えました。そして、それぞれの問題関心から平和構築を考える機会となったこと、またこのセミナーを通じ、紛争地での平和構築の支援と、国内で脆弱な方々への支援を考えることは、繋がっていることが共有理解になったのではと強調し、セミナーを締めくくりました。

上智大学 Sophia University