2020年1月28日、本学の国際関係研究所の主催でシンポジウム「米国とイラン対立激化~中東と米国の視点~」が開催されました。本学の東大作教授(平和構築を専門)と前嶋和弘教授(米国政治を専門)を講師に招いたシンポジウムには、140人を超える聴衆が集まり、熱気ある討論が繰り広げられました。
冒頭、国際関係研究所長で司会を務めた安野正士教授から、
(1)日本は中東に石油輸入の多くを頼っており、イランのソレイマニ司令官の殺害を契機にしたイランと米国の対立激化は、日本人の生活にも直結する重要な課題である
(2)その意味で、日本が中東とどう付き合っていくかを考えることは極めて大切である
(3)今回のシンポジウムは、本学の東大作教授が2020年1月20日に出版した「内戦と和平~現代戦争をどう終わらせるか」(中公新書)の出版記念シンポジウムを兼ねている。本書は、イラクやシリア、イエメン、アフガニスタンなど中東の多くの国の紛争を扱っており、米国とイランの対立の要因を知る上でも参考になる文献のはず
等の発言があり、シンポジウムの意義と、2人の講師に対する期待が述べられました。
続いて、本学のグローバル教育センターの東大作教授が、以下のような講演を行いました。
東教授の講演骨子
2020年1月初頭、米国がイランのソレイマニ司令官を殺害したことで、米国とイランの緊張が一気に高まりました。一時的に小康状態になっているものの、米国のイランへの経済制裁が続き、イランの苦境も強まっているため、この先いつ、イランの挑発と米国の報復により、より本格的な軍事衝突に突入するか分からない、危険な情勢が続いています。
そんな中、2月2日に、日本の海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」が、「調査・研究」を目的に中東に向けて横須賀基地を出港します。日本が、中東における紛争と対立の要因を正確に知り、その安定のために寄与することは、石油の殆どを中東に頼る日本にとって極めて重要だと考えます。
1月20日に、「内戦と和平ー現代戦争をどう終わらせるか」(中公新書)を出版しましたが、その中では、イラクやシリア、イエメンやアフガニスタン、など、中東での内戦と和平調停への葛藤を、これまでの現地調査に基づいて分析しています。
そうした現地調査の経験から私は、中東の現在の多くの紛争の根本要因には、イランとサウジアラビアの覇権争いが背景にあると考えています。特に、2003年のイラク戦争を契機に、それまでイランの最大の敵国だったスンニ派のフセイン政権が倒れ、イラクにおいて民主的な選挙が始まったこと。その結果、イラクの人口の7割を占めるシーア派の政党が政権を握ることになり、イランの最大の友好国になった。そのため、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などスンニ派の王国が、「イラクを失った」と認識していることがあります。実際、現地のシリアやイエメンなどの調停をしている国連の調停者は、このサウジアラビアやUAEなどの「イラクの喪失感」が、中東での様々な紛争の大きな要因になっていると述べていることを、本の中でも紹介しています。
その「イラクを失った」という認識のもと、2011年にシリア内戦が勃発した時、サウジアラビアやUAEは、反体制派への軍事的・財政的な支援を徹底して行いました。シリアを、「イランに近いアサド政権からスンニ派の政権にひっくり返したい」という強い欲求があったからです。しかし、2014年以降、イランとロシアが徹底した軍事介入を始め、シリアは結局、アサド政権が軍事的に勝利を収めつつあります。結果、アサド政権は、支援してくれたイランとの絆が一層強まっています。
また2015年には、イエメンで、イランと近いホーシー派が国土を占領しそうになり、サウジアラビアとUAEが、それを止めるために、徹底した軍事介入と経済封鎖を行い、イエメンも凄惨な内戦に陥りました。
またレバノンでも、シーア派の軍事組織かつ政党でもあるヒズボラが影響力を拡大しています。このような状況を受けて、サウジやUAE、そしてイスラエルには、「イランが結局独り勝ちしつつある」という危機感・恐怖感があります。そしてイスラエルは、イランを「自己の存立に関わる敵国」と見なしているところがあります。
そういった危機感が、サウジアラビアやUAE、イスラエルなどが、トランプ政権に対して、2015年に米国とイランの間で結ばれた「イラン核合意」からの離脱を強く働きかけた要因になっていると考えています。2015年までイランは、核兵器開発疑惑で国連の制裁を受けていましたが、それでも着々と影響力を拡大してきました。これに加えて、「イラン核合意」によってイランが自由に石油を輸出できるようになったら、どこまでイランの勢力が大きくなるか分からないという危機感をサウジやイスラエルは強く抱いたのです。
こうした危機感を、2017年に誕生した米国のトランプ政権は共有しているように思います。トランプ政権は歴代米政権でも最も親サウジアラビア、親イスラエル寄りの政権であり、実際、トラプ大統領が就任して最初に訪れたのがサウジアラビアで、次がイスラエルでした。その時サウジアラビアは、10年間で35兆円の武器を、米国から輸入すると約束しました。またイスラエルについては、トランプ政権はエルサレムをイスラエルの首都と認め、米国大使館もエルサレムに移設するなど、イスラエルの意向に沿った政策を続けています。
こうしたトランプ政権との親しさを背景に、サウジアラビアやイスラエルなどは、トランプ政権に対して、「イラン核合意」からの離脱と、イランへの経済制裁復活を求め続けました。実際米国は、イランが核合意を順守し核兵器の開発は行っていないにもかかわらず、2018年に「イラン核合意」から離脱。イランに対する厳しい経済制裁を始めました。このことで、イランが経済的に追い詰められたことで挑発が始まり、現在の米国とイランの深刻な対立につながっています。
(その後、「内戦と和平」(中公新書)の内容に沿って、イラクやシリア、イエメンの内戦と、それぞれの現場における、イランとサウジアラビアの勢力争いについて解説)
こうした中東情勢を踏まえ、日本としてどのような外交が可能なのか。私は、拙著「内戦と和平」の最後の章において、「日本は、中東やアフリカなどでは、平和国家としての信頼を築きあげてきた。そういった信頼を活かして、世界の様々な紛争地域で、異なる宗派や部族、政治グループなどが、お互い共存していくために対話をすることを促進していく『対話の促進者』になることを、これからの日本外交の一つの柱にできるはず」、と提案しています。
米国とイランの対立激化の文脈でも、日本は、イランと米国、またイランとサウジアラビア双方から、信頼を得ているところがあります。ですから、イランと米国の調停自体は難しいとしても、イランにも絶えず外務副大臣や政務官などを派遣して情報を共有し、米国とイランが誤解によって戦闘を開始するようなことは避けるよう、双方に情報提供していくことは可能だと考えています。また、中東の紛争の構造的な要因であるイランとサウジアラビアについては、より直接的に、双方の対話の機会を設け、どうすれば平和的な共存が可能なのか、議論してもらう役割を果すこともできるのではと考えています。
トランプ大統領もイランも、そしてサウジアラビアも、本音では、米国とイランの間で本格的な戦争が起きることは望んでいないと思います。共存の方法を共に探るために日本が外交的に貢献することは可能だと考えています。
この後、本学の総合グローバル学部の前嶋和弘教授から、以下のような講演がありました。
前嶋教授の講演骨子
本日は、東先生の「内戦と和平~現代戦争をどう終わらせるか」を読んでここに来ましたが、それぞれの現場で何が起きているか、実際に現地に足を運んで調査した内容をまとめている素晴らしいものだと思いました。皆さんにもおすすめです。
トランプ大統領が決断した、イランのソレイマニ司令官の殺害については、米国とイランの腹の読みあいの中で、行われた面が大きいと思っています。トランプ大統領としては、イランとの大戦争はしたくない、という気持ちがあります。他方で、トランプ大統領は、自らの支持基盤が喜ぶ政策を打ち続ける人です。
支持基盤の一つであるキリスト教福音派は、極めてイスラエル寄りの考えであり、イランを敵視しています。ですから、イランもしくはイランに近いシーア派の武装勢力によるサウジアラビアのタンカーや石油施設への攻撃があった後も、トランプ大統領が本格的な報復にでなかったことに対する福音派の人達の不満に応える必要もありました。
そんな中で、昨年末に、米軍がイラクのシーア派の武装勢力への攻撃を行った後、シーア派の武装組織の支持者たちが在イラク米国大使館を襲撃したり、その後、反米デモが起きたことなどは、米国のメデイアでとても大きく取り上げられました。
こうした米国大使館への襲撃というと、まず思い出すのは、1979年のイラン米国大使館人質事件です。この対応で弱腰と見られたカーター大統領は、その後の大統領選挙で、大敗を喫します。また、2012年のリビアのベンガジでのアメリカ在外公館襲撃事件については、当時、下院議員だったポンぺオ議員(現在の米国務長官)が、オバマ政権の問題を追及し続けました。ポンぺオ議員は、この問題を追及する急先鋒を務めて有名になった面があり、今回の在イラク米国大使館の襲撃に対しては、トランプ政権として強硬な手段にでるべきだと主張したと思われます。
トランプ政権としては、サイバー攻撃といった影響の小さい他の手段もありましたが、ブッシュ政権やオバマ政権も手を出さなかったソレイマニ司令官の殺害という大きな賭けに出ました。これは、「強い米国」という姿勢を示す一方、一触即発でイランとの全面戦争になるリスクも孕んでいます。
ただ一方で、トランプ大統領は、イランとの全面戦争は望んでいないと思います。イラク戦争を非難していたトランプ大統領が、大規模な戦争に乗り出すことは、大統領選挙にとっても得策ではなく、合理的な判断とは言えない面があります。「イランに対する強い態度は示したい、他方で、全面戦争は避けたい」という気持ちの中で、「予測不能で強硬な手段を使う」ことで、イラン側の容易な挑発を防ぐ効果はあったかも知れません。
イランとしては、やはり今年11月の大統領選挙で、なんとかトランプ大統領に落選してもらいたい。そして、2015年の「イラン核合意」に米国に戻ってきてもらい、経済制裁を解いてもらい、今の経済苦境から脱したい、というのが最大の望みだと思われます。そのため、色々とトランプ政権に対してちょっかいを出すことは、十分考えられる。米国とイランは再び衝突するコースの上にいて、いずれは衝突してしまうリスクが高いのが実情かも知れません。問題はそれがいつになるか、ということです。
この後、参加者と講師の間で、イランと米国、イランとイスラエル、イランとサウジアラビアなどが、なぜ仲良く共存していくのが難しいのか、その中で、日本はどんな役割を果せるかなどについて、熱い議論と質疑応答が続けらました。