2019年4月23日(火)午後7時05分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」の2019年度の第1回目が、上智大学四谷キャンパス2号館17階の国際会議場で開催されました。
この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生や市民、外交官やNGO職員、国連職員、政府職員、マスコミや企業など、多様な分野から集まった人たちが、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。
第1回目のセミナーでは、前法務大臣で、現在、SDGs外交議員連盟会長や、自民党司法制度調査会会長も務める上川陽子衆議院議員が、「人間の安全保障、SDGs、そして司法外交」をテーマに講演しました。
会の冒頭、上智大学高大連携担当副学長の藤村正之教授がこの連続セミナーが、東教授が上智大学に移籍した2016年から開催していること、2017年には学生評価で最も高い授業に送られるグッドプラクテイス賞を獲得したことなども紹介し、グローバルな課題について学生が具体的に考える上でも重要なプロジェクトであり、副学長としても関心をもって応援していると話しました。
また、上智大学「人間の安全保障研究所長」の青木研教授は、人間の安全保障研究所には、「貧困」「環境」「保健医療」「移民難民」「平和構築」の5つのユニットがあることを紹介しました。そして、「人間の安全保障」の命題には、「欠乏からの自由」「恐怖からの自由」の実現という目標があり、特に、災害や戦争など、一生の間に起きる生存を脅かされる危機(ダウンサイドリスク)からどのように各個人を守るかという点に、人間の安全保障の根幹があるはずという問題意識を語りました。そういった問題意識をもって、研究所として研究を続け、世界に提言していきたいという抱負を述べました。
講演の冒頭、上川氏は40歳まで米国議会の政策スタッフや、NPOなどで勤務した後、2000年に初当選を果たして議員になった経歴をまず紹介しました。その後、一度、2009年の衆議院選挙で落選した後の苦労や、2013年に再度、衆議院議員に当選してから、これまでに法務大臣を2度経験し、今はSDGs外交議員連盟会長や自民党司法制度調査会長として仕事をしていることを振り返り、その全てが人生の糧になっていると参加者に語りかけました。
その上で上川氏は、法務大臣の経験から、目標の策定から運用までをひとつの政策パッケージとして、すべての過程を最後まで包括的に実施するのが政治であり、色々な脅威やリスクから、法律によって人々を守ることが、自分が担っている使命だとまず語りました。
また上川氏は、「人間の安全保障」という概念は、人間ひとり一人を中心としたアプローチで、欠乏や恐怖からの自由とその保護、自立の補助のために、各専門分野での連携が求められると述べました。人間の安全保障が提言された当時は、冷戦後のグローバル化が進む社会で、「格差」が非常に大きな問題となっていました。テロや飢餓、環境破壊や汚染、感染症、移民難民など、具体的な事例は無数にあります。そうした事態を背景に、それまではNational Security、いわゆる国家単位の安全保障が一般的でしたが、人類一人一人を守るHuman Securityという概念が、この頃から重視されるようになりました。
上川氏は、人間の安全保障について、最初にその必要性を訴えた一人が、上智大学で教鞭をとられていた緒方貞子氏だったと紹介しました。その後、日本の首相として、最初に人間の安全保障の重要性を強調したのは小渕恵三元首相で、その後「人間の安全保障基金」が設立され、上川氏もこの基金を利用して女性の人身取引問題解決を応援した経験を持っています。
その後、2012年に国連総会で「人間の安全保障」に関する決議が採択され、人間の安全保障は、先進国にとっても発展途上国にとっても重要な概念であることが国連全体の総意だと確認されました。その上で上川氏は、「人間の安全保障が対象とする脅威とは何なのか」について、常に考え続けることがとても重要だと指摘しました。
次にグローバルな課題を解決するための人類共通の目標として2015年に採択されたのがSustainable Development Goals (SDGs) 「持続開発目標」です。以前のMDGsは発展途上国のみを対象にしていましたが、SDGsは、人間の安全保障と同じく、発展途上国と先進国の両方をカバーした、全地球規模の目標として採択されました。その点を受けて上川氏は、日本が人間の安全保障を推進したことが、SDGsの採択に大きな役割を果たしたことは間違いなく、その点、日本外交の成果として誇りに思ってよいはずだと主張しました。その上で上川氏は、SDGsの達成に向けて、①ビジネス界の参加、②地方創生の視点、③次世代(特に女性)支援、という三つの柱で、政策を考えていると強調しました。
講演の最後、上川氏は、本日の最後のテーマである「司法外交」について熱く語りました。
自ら法務大臣になってから、日本がアジア諸国の法律の整備のために、地道ながら、先方の国々の法律家と一緒になって、法制度整備を支援してきたことを知り、これこそ、日本の外交の一つの柱にすべきだと確信し、「司法外交」という概念を打ち出したことを語りました。こうした、現地の人たちと共に知恵を出し合いながら支援を行うスタイルこそ、日本の支援の特徴であり、こうしたアプローチは、世界から高い評価を受けていると述べました。
実際に法制度支援を行ったアジアの国の指導者が、上川氏に対して、「法の支配は人権尊重であり、民主主義と不可分で、経済成長にもつながるものだ」と言及したことも紹介して、法律とは国づくりには欠かせないものであり、それを支援するのは、周りまわって日本の安全保障にもつながるはずという持論を述べました。そして、「司法外交」の推進が、日本政府の骨太の方針にも盛り込まれたことを語り、自民党法制度調査会長として、さらに司法制度支援の拡大と発展に向けて尽力していきたいと述べ、講演を締めくくりました。
講演後、コメンテーターで上智大学新聞学科の音好宏教授が、ご自身が関わったアジアにおける日本の司法制度支援活動なども紹介されながら、①法制度支援などを行うときに、上から目線の支援にならないためにどんな配慮が必要か、②人間の安全保障とSDGsの理念はどのように結び付けたらわかりやすいか、③地方創生の支援となると補助金の運用が地元の要望に応えるものになりがちだが、それに国としてどう対応するのか、などについて質問を行いました。これに対して、上川氏は、①どんなプロジェクトにも財政的な裏付けが必要なのは事実だが、それが地方全体の底上げになるという説明や施策を行うことがとても重要であり、日本の法律家が外国の人の実情や昔からの法制度にも配慮しながら支援をしていく姿勢をこれからも続け、より相手に寄り添った支援にしていく工夫をする必要だと語りました。また、②人間の安全保障が対象とする脅威が何かについてはすぐには答えを出さず、常にそれらがなんであるかを考え続けていくことが非常に大事であること、③政府の限界を指摘し、むしろ民間の方が成功を収めることが多いなど応えました。
その後、150人を超える参加者が集まった会場からは、多くの質問が出され、上川氏はその一つ一つについて熱心に応えました。会の最後、この連続セミナーの主催者で、司会を務める東教授が、「人間の安全保障と平和構築という本を出版した時、序章を書いてくれた緒方貞子さんと何度か議論をする機会があったが、緒方氏は、『国連高等弁務官(UNHCR)のトップだった時、無数の難民の人たちに会いました。戦争や災害から逃れてきた人たちは、今は絶望の淵にあるかも知れない。でも、今ここで、命さえつなぐことができれば、5年後10年後には、またそれぞれ、自分のそれなりの夢を追って生きていくことができるかも知れない。だからまずは命だけはつなげるよう支援したい、といつも思っていました。それがこの人間の安全保障という概念の核心だと思います』と語っていたことを紹介し、会を締めくくりました。