比較教育学を専門とする総合人間科学部のマリア・マンゾン准教授。Sophia Program for Sustainable Futures(SPSF)の中核を担う教員として、教育制度を宗教的、精神的、哲学的な視点から考察し、これらの視点が持続可能な未来を実現するための教育に与える影響について研究しています。人間の尊厳の尊重や、他者と自然への配慮といった価値観は宗教や精神性の基盤であり、持続可能な未来を築く教育に欠かせない要素です。マンゾン准教授は、多様性の中に調和を見出すアジア独特の価値観を世界と共有することの重要性を指摘し、上智大学がその使命を担う先駆者となりうると確信しています。
私の専門は比較教育学です。教育におけるパターン、モデル、思想やアイデア、課題を調査し、地域の教育システムと国際的なシステムの相互関連性を研究しています。教育システムは、地域独自の文化と国際的な影響が融合して形成されています。
地球規模の問題が山積する中で、持続可能な開発目標(SDGs)の重要性がますます高まっています。持続可能で調和のとれた世界の基盤を築く上で、教育は重要な役割を果たします。 ホリスティック教育は、他者や周囲との関わりの中で自己の成長を促す態度や価値観を育みます。 しかし、教育は経済成長や個人の繁栄のための手段として利用されてきた側面もあります。 魂のない教育や倫理観を欠いた経済競争は、現在の世界的な危機の一因となっていると言えるでしょう。
比較宗教とサステナビリティ教育をつなぐ

私の研究は、自然や人間の尊厳への配慮を育む核心的な価値を再発見し、それが人間同士や人間と環境との相互作用にどのような影響を与えるかを、比較宗教学の観点から探求するものです。宗教は、平和や人間の尊厳、環境の持続可能性を理解するための知恵の宝庫です。私は、宗教間の対話を通じて、これらの知恵を持続可能性のための教育に活用し、教育の基盤をより豊かで深いものにすることを目指しています。
持続可能性とは、単に二酸化炭素排出量を削減することだけではありません。それは、誰もが尊重される思いやりのある環境を創造することでもあります。宗教によって育まれた自然や人々への愛といった価値観は、政策によるインセンティブや罰則よりも、持続可能な行動を深く動機づける力を持っています。人間の尊厳を大切にすることこそが、持続可能な社会を築くための第一歩です。私は、このような価値観が環境教育にどのように反映されるかを検証しています。
主要な宗教や哲学には、平等や他者への敬意、思いやりといった価値観が共通して見られます。神道では、あらゆるものに神が宿るとされており、この考え方が、すべての物や人に敬意を持つという文化の基盤となっています。また、イスラム教とキリスト教には、人間は他者や宇宙全体を気遣う存在であるというスチュワードシップ(管理責任)の概念が共通しています。残念ながら、世俗化が進んだ教育システムの中では、これらの概念は教育から抜け落ちてしまっています。持続可能な開発のための教育が真に変革をもたらすものとなるためには、こうした精神的な、あるいは哲学的な視点を取り戻す必要があります。
近年、学術界や政策の場では、持続可能な未来を考える上で、宗教、精神性、道徳的な視点が重要であるという考えが世界的に高まりつつあります。学術界では、サステナビリティ学、比較教育学、宗教社会学、生態学の研究者たちが、気候危機への取り組みにおける宗教的叡智の重要性を認識しています。ユネスコなどの政策フォーラムでは、紛争を克服するための宗教的価値の役割についても議論されています。教育は、異文化理解を通じた平和構築において重要な役割を果たしていますし、何よりも真の異文化理解には宗教リテラシーが不可欠です。日本でもJ-MIRAI(教育未来創造会議による「未来を創造する若者の留学促進イニシアティブ」)を通じて、異文化理解のための教育・研究環境の整備が進められています。
アジアにおける先駆的な研究拠点としての可能性を秘めた上智大学
アジアでは、宗教と精神性が文化に深く根付いており、多様性の中での調和や異なる信仰を包摂する姿勢を育んできました。宗教と生態学、宗教と教育の関連性については、西洋の学問ではかなり確立されているものの、宗教に対するアジア独自のアプローチはまだ十分に世界に共有されていません。私の研究は、こうしたアジアの考え方を世界に発信することを重要なミッションとしています。
私が描く上智大学の未来像は、国際的かつ学際的な研究プラットフォームを確立することでアジアを基盤とした比較宗教学と持続可能性のための教育に関する研究において先駆的な役割を果たすことです。上智大学は多様な文化や精神性を受け入れてきた伝統を持ち、文化的そして地理的にも、この役割を担うのにふさわしい大学です。私たちは教育を通じて、行動へとつながる態度や価値観を育むことで、持続可能性と包括性を重視するグローバルコミュニティの形成に貢献できると確信しています。
この一冊
『The Things You Can See Only When You Slow Down』(邦題:立ち止まれば、見えてくるもの:悲しみを喜びに変える352の呟き)
恵敏著 /Penguin Life

あらゆる世代におすすめしたい本です。韓国仏教徒である著者は、いかに私たちが恵まれているかを「見る」ため、そして感謝するための、沈黙、内省、畏敬の念の重要性について論じています。心を開き、他の文化や精神性との対話の中で、賢明かつ調和的に生きるよう、優しく導いてくれます。
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マリア・マンゾン
- 総合人間科学部教育学科
准教授
- 総合人間科学部教育学科
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フィリピン出身。フィリピン大学で経営学と会計学の理学士号を取得後、香港で金融アナリストとして勤務。その後、イタリアのローマで哲学と神学を学ぶ。香港に戻り、広東語を学んだ後、香港大学で比較教育学修士号、教育学博士号を取得し、同大学で講師を務める。シンガポールの国立教育学院の研究員、香港教育大学の助教授を務めた後、2019年、上智大学准教授として着任。
- 教育学科
※この記事の内容は、2024年7月時点のものです