個別の心に寄り添う認知行動療法。問いかけを重視して回復への伴走者に

総合人間科学部の毛利伊吹准教授の専門は臨床心理学。臨床心理士/公認心理師として復職支援に携わるなど、心理療法の一つである認知行動療法を用いて、現代人が抱えるさまざまな心の問題と向き合っています。

一人ひとりが抱える心の問題について、その背景を理解し、回復のための支援法を考察する学問が臨床心理学です。臨床心理学はさまざまな視点から行われる心理学研究のなかでも、より個人の心に焦点を当てています。

私は現在、メンタルヘルスの問題で仕事を休職し、職場復帰を目指す人たちの支援等に携わっています。厚生労働省の令和3年「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、仕事や職業生活に強い不安やストレスを感じる労働者の割合は53.3%と過半数を超えています。また、連続1カ月以上休業した労働者がいた事業所の割合も8.8%にのぼり、復職支援の拡充は解消すべき重要な課題となっています。

最近は、リハビリ勤務制度などの支援体制を充実させる企業が増え、リワークプログラムといった支援プログラムの開発も進んでいます。しかしながら、心の問題を解消するための支援方法は十人十色。すべての人に同じ方法が当てはまるわけではありません。そこで私が活用しているのが、心理療法の一種である認知行動療法です。

実践と考察を重ね、一人ひとりの最善策を導き出す

認知行動療法における「認知」とは、物事に対する考え方や捉え方を指します。当然ですが、認知は個人によって違いがあります。そのためこの療法ではコミュニケーションや問いかけを大切にし、その人固有の考え方を理解して、不安や悩みを和らげることを目指します。

臨床という名が示すように、実践で得た気づきを理論研究につなげることが臨床心理学の特徴です。心理の専門職として実践の場で心がけているのは、問題への対処法をその人が身につけられるようなアプローチ。とりわけ復職支援では再休職防止が課題となっており、職場に復帰することがゴールではありません。そのため、リスタートを切って軌道に乗るまでのプロセスを、一緒に歩んでいく伴走者であること重視しています。

臨床の場で気づきを得たり、疑問を抱いたことに着目して研究を計画したり、心理の専門家として何かできることはないか論考を重ねます。認知行動療法は比較的新しい学問分野ですが、一人ひとりに寄り添い、取り巻く環境も考慮して最善の方法を見つけ出す、探索的な面白さがあります。

コロナ禍の医療従事者が抱えるストレスを調査

復職支援に加えて、新型コロナウイルス感染症が医療従事者に与えるストレスに関する調査も関心を持って取り組んでいます。看護師の方を対象にした調査では、仕事へのやりがいが感染症対応業務におけるストレス緩和に貢献しない恐れが示されました。まだまだ発展途上の研究ですが、将来の危機に備えて、考察を深めていくつもりです。

このように心の健康状態は、社会状況をはじめ、さまざまな外的要因に影響されます。また、価値観が多様化し、変化のスピードが激しい現代社会のなかで、私たちはさまざまなストレスにさらされています。臨床心理学の専門家として、回復までの伴走者になることはもちろんですが、実践に基づいた考察や研究を重ね、メンタルヘルスの問題を減らせるよう、予防やセルフケアの充実も必要だと考えています。

一方で、臨床心理学は心の問題を抱えた人への対処が中心になりがちです。大学で心理教育に携わる者として、さまざまな機会を通じてメンタルヘルスに関する基礎理解や予防への知識を広め、心に悩みを抱える人を温かく迎え入れる社会的受容性を育んでいくことも、重要な役割だと考えています。

この一冊

『SFマガジン』
(早川書房)

初めて購入したのは中学生の時です。当時の自分には理解するのが難しい作品も多く、ちょっと背伸びをするような感覚でしたが、自分の想像を超える世界が広がっていることにワクワクしたことを覚えています。

毛利 伊吹

  • 総合人間科学部心理学科
    准教授

京都大学農学部畜産学科卒、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。帝京大学文学部心理学科准教授などを経て、2015年より現職。

心理学科

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University