安全保障の観点から科学技術の問題をいかに管理するかを考える

安全保障の観点から、科学技術がもたらす問題や政府による管理のあり方について研究をしている総合グローバル学部の齊藤孝祐准教授。アメリカの5G規制やAI戦略などから見える対中戦略、近年加速する日本の科学技術管理の取り組みや課題について、語ってくれました。

スマートフォンで使われ始めた、5G通信。高速で遅延が少なく、複数の情報端末や家電と接続ができることから、自動運転などの無人システムに応用される技術と言われています。アメリカ政府は米中対立を背景に、以前から中国製の通信機器等を国内市場から排除する動きを強めてきました。スパイ活動に使われたり、重要な機器を自国で調達できなくなったりするなど、安全保障上の脅威につながると考えたためです。

国際政治において、国民の命や財産、ときには価値観などを他国の脅威から守ることを安全保障といいます。安全保障の対象には、軍事的な脅威の問題に限らず、金融やエネルギー、科学技術、世界の貧困問題や食糧問題まで、幅広いものが含まれるようになっています。私はこのうち科学技術をターゲットに、安全保障の観点からその社会的影響や管理方法について研究をしています。

技術の海外流出が、国際競争力の低下につながる

科学技術の発展は国民生活を豊かにするのと同時に、戦争の道具に使われたりもします。そういった性質を持つ技術が意図せざるかたちで海外に流出すれば、日本の国際競争力の低下や安全保障の喪失、ときには国際秩序の不安定化につながります。急速に技術革新が進むなか、これまで規制が緩いとされてきた日本でも、安全保障の観点から管理に力を入れ始めています。

私の研究は、主に日米の公開資料を読み込み、分析する作業が中心になります。アメリカも日本も、安全保障の観点からは重要技術を保護しなければならない一方、現代のイノベーションは他国とのつながりの中で展開することも多く、単純な規制強化は自らの力を削ぐことにもなる。差別や権利の問題も起こってくるなかで、管理の方法が考えられてきました。

安全保障論の目的は争いではなく、安定した国際秩序の追求

多くの学問分野と同様、科学技術をめぐる安全保障の問題は、探れば探るほど、見えないことが増えていきます。安全保障にゼロリスクはありません。私は「日本はどうすべきか?」と意見を求められたら、複数の案にそれぞれメリットとデメリットを添えて提案するように心がけています。

今後力を入れたいのは、安全保障分野におけるイノベーションエコシステムのあり方に関する研究です。AIや量子情報科学などの新興技術分野では、大学や政府、民間企業などが協働で研究開発に取り組み、イノベーションを創出する動きが加速しています。うまく行けば科学技術の発展とともに日本の安全保障にも貢献できると期待されています。その一方で、価値観を共有しないさまざまなアクターの影響を受けることも想定され、どのように政策のバランスをとるのかが考えどころです。

安全保障の目的は、安定した国際秩序をいかに作り上げるかということにあります。戦争を回避するために、発展してきた学問領域なのです。ロシアのウクライナ侵攻や米中対立によって、国際秩序が揺らいでいる今だからこそ、安全保障という視点を重視しながら自身の研究に取り組んでいます。

この一冊

『蠅の王』
(ウィリアム・ゴールディング/著 平井 正穂/訳 新潮文庫)

『十五少年漂流記』を読んだことがある人は多いのではないかと思いますが、少年たちは同じく大人がいない状況で大きく異なる結末を迎えます。国際政治における国同士の争いに似ている部分があると思いました。思考のトレーニングとして高校生におすすめです。

齊藤 孝祐

  • 総合グローバル学部総合グローバル学科
    准教授

筑波大学第三学群国際総合学類卒業。筑波大学大学院人文社会科学研究科国際政治経済学専攻修了、博士(国際政治経済学)。横浜国立大学研究推進機構の講師、特任教員(准教授)を経て、2021年より現職。

総合グローバル学科

※この記事の内容は、2022年9月時点のものです

上智大学 Sophia University