出産後の母親の健康や育児、生活を支援する産後ケアが、看護学科の島田真理恵教授の研究テーマです。助産師の経験も持つ島田教授が、産後ケアの重要性や助産所・助産師の役割について語っています。
出産後のお母さんたちの健康管理や育児をサポートする産後ケアの重要性を切実に感じたのは、看護大学を卒業し、助産師として働いていたときのことです。当時、分娩施設で育児指導を受けて自宅や里帰り先に戻ったあとは、自治体からの新生児訪問等の支援はあったものの、医療者からの継続した支援を行う必要性は認識されていませんでした。しかし、実際は多くの母親が自宅に戻った直後から、日々の赤ちゃんのお世話や授乳、自身の体調などについて、さまざまな不安を抱えていました。
ひと昔前であれば、三世代が一つ屋根の下で暮らす大家族が当たり前でしたから、家庭内に手を貸してくれる人や助言をしてくれる人もいたことでしょう。しかしちょうどそのころから首都圏では核家族の割合が高まり、育児の負担を一人で抱え込まざるを得ない母親が増えていたんです。退院後も継続的な支援が必要なことは、現場の状況を見れば明らかでした。
国の検討会で意見陳述。産後ケア事業の法制化を実現
その後、産後うつの問題が大きく取り上げられたことなどもあり、今では多くの病院が妊産婦のメンタルヘルスケアや母子に対する継続支援に注力しています。2021年には、産後1年以内の母子に対して産後ケア事業を行うことが、市区町村の努力義務として改正母子保健法に組み込まれました。産後ケア事業の法制化については、私も日本助産師会会長、そして学生時代から産後の母親支援を研究してきた立場から、国の検討会で意見を言わせていただきましたので、これまでの成果は役立てることができたと思っています。
看護学科・助産学専攻科の学生には、いつも話しているんです。卒後は、まずは現場に出なさい、と。医学的な知識や技術の習得については、やはり実践経験に勝るものはありません。そしてもし現場で疑問を感じたことや、さらに深く知りたいことに出会ったならば、そこから大学院に戻って研究に取り組んでほしい。私自身も助産師として約10年間の臨床を経験した後に大学院へ進学したことで、実践で感じたさまざまな問題を解決する方法、例えばデータの集め方や分析の仕方、さらには分析結果を実際の施策に導入する手法などを学ぶことができました。看護は実践科学。現場を知ってこそ、研究にも考察にも深みが出るのです。
助産所を、地域の母子のための小規模・多機能施設に
より充実した産後ケアを提供するための方策として、現在は助産所に支援対象を母子に特化させた訪問看護ステーションを併設することを推進する活動にも取り組んでいます。産後ケアは育児に慣れるまでの一定期間実施するものですが、中には多胎児や低出生体重児を持つ母親のように、より長く手厚い支援が必要なケースもあります。地域の訪問看護ステーションがその部分をカバーできればよいのですが、現状は高齢者の介護がメインであり、母子のケアに対して十分に機能しているとは言えません。助産所に母子専用の訪問看護ステーションがあれば、手厚いケアが必要な母子に対して適切なサポートをすることができます。
助産所が訪問看護ステーションを併設することは、母子の支援だけでなく、助産所の存続にもつながります。これからの助産所は、出産のための施設としてだけでなく、地域の母子の声に幅広く対応する「小規模・多機能」な施設としても役割を果たせるはずです。私自身も助産師として、未来の看護師や助産師を育てる教員として、助産師がもっと活躍できる社会を目標に研究を続けていきたいと思います。
この一冊
『助産力』
(進純郎、岡本喜代子/共著 日本助産師会出版)
著者は産婦人科医と助産師。助産師のあるべき姿や助産のポリシーが、わかりやすく丁寧に書かれた本です。助産学専攻科の学生には、入学前に必ずこの本を読んでもらい、授業の中でも取り上げています。
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島田 真理恵
- 総合人間科学部看護学科
教授
- 総合人間科学部看護学科
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聖路加看護大学(現聖路加国際大学)看護学部卒業、聖路加看護大学博士前期課程修了(医学博士)10年の助産師経験を経て大学教員に。2011年より現職。
- 看護学科
※この記事の内容は、2022年6月時点のものです