声なき人の声を届け、社会の中で困っている人々を支援する

文化人類学が専門の国際教養学部のデビッド・スレーター教授は、東日本大震災をきっかけに、社会の中で実際に困っている人々の支援につながる調査研究に取り組んでいます。多様性や他者へのリスペクトを育む学問、文化人類学とは?

文化人類学と聞くと、知られざる民族や秘境をイメージするかもしれませんが、私は主に難民やホームレス、被災者など、同じ社会の中にあっても、主流から外れ、忘れられてしまいそうな集団を研究対象としています。ベースとなる調査手法は、エスノグラフィー(行動観察調査)です。これは、研究対象となる人々と同じ生活環境に自分も入り込み、一緒に長い時間を過ごしながら、詳細な記録を残し、相手の考え方、感じ方といった世界観を理解しようとするフィールドワークです。

人類学の出発点は「他者と自分とは根本的に異なる見方をしている。違うのが当たり前」という考え方です。フィールドワークは、自分がかけている「文化や価値観のメガネ」をはずして、相手の「文化や価値観のメガネ」をかけて周囲を眺めてみる体験とも言えるでしょう。慣れないレンズでものを見れば、頭痛がするし、混乱します。レンズが強くフォーカスしているところも違うでしょう。こうした主観的な体験を通じて、表からは見えない他社の日常や社会との関わりについて理解する学問が人類学です。異なる価値観を知ることは、それまで無意識だった自分の価値観について、バイアスや偏見も含めて、より鮮明に認識することにもつながります。

調査研究と支援活動を両輪に

社会から忘れられそうな人々の声を記録し、世の中に届けることを重視するようになった大きなきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災です。何か被災地のためにできることはないかと模索していると、ゼミの学生たちから「本ではなく、東北の被災地でのボランティア活動を通じて学びたい」との声が上がったのです。正直、当初は迷いましたが、これを契機に、私の授業や研究は、実際に困っている人々を支援する活動と実態調査、この2つを両輪として進めるスタイルになりました。

震災を経験して、社会とのかかわりのないエスノグラフィーや研究は、意味がないと痛感したからです。同時に、調査に基づき論理的に考えることは、必要かつ効果的なサポートを届けるためにも不可欠です。この2つを並行して進めることで、より意義ある研究と的確な支援の両立が可能になると実感しています。

他者へのリスペクトは次世代に欠かせない

現在取り組んでいるのは、海外から日本に来た難民の調査研究です。先進国の中で、日本の難民受け容れ率は1%以下と最低レベル。私たちは、政治信念やそれに伴う活動のせいで帰国すると投獄されたり、殺されたりする行き場を失った人々の話に耳を傾け、その記録をオンラインで公開しています。また、課外活動団体の「ソフィア難民サポートグループ(SRSG)」と連携し、衛生用品を届けたり、入国管理局に提出する書類の翻訳を手伝ったり、さまざまなサポートも行っています。(難民の声プロジェクトのリンク:https://refugeevoicesjapannet.wordpress.com/

学生たちは、授業でエスノグラフィーに必要な聞き取り調査や背景調査の手法などを勉強しています。難民となった人々語る壮絶な体験は、学生にとってショッキングな場合もありますが、他者の話に共感しや深く聞く力を育みます。それは多様で公正な社会を目指す一つの方法であると同時に、学生たちにとっては得難い経験にもなっていると言えるでしょう。

他者へのリスペクトや多様性を受け入れることは、これから日本の未来を担う世代にとって欠かせません。学生たちは体系的な学びの中で、複合的な視点から考えることを学びます。この現代社会において、人間性、時には非人間性や世の中の矛盾についてもじっくりと考え、学びを深めていくのです。こうして鍛えられた経験は、卒業後にどのようなキャリアに進んでも役立っていると自負しています。

この一冊

「ウィリアム・シェークスピア全集(William Shakespeare The Complete Works)」より「リア王」
(ウィリアム・シェークスピア/著 コリンズ)

サッカー少年で読書嫌いだった私が初めて読破した本が「リア王」。読み切った自分に驚くと同時に、日常とは別世界に入り込むような体験にワクワクしました。未知の経験、自分とは違う視点に関心を持つきっかけになった一冊です。

デビッド・スレーター

  • 国際教養学部国際教養学科
    教授

シカゴ大学修士課程・博士課程修了。日本では、都市の若者、社会階層、東日本大震災の被災者などを調査研究。現在は、主に海外から日本に来た難民についての調査研究と支援活動に従事。1997年から上智大学で現職。

国際教養学科

※この記事の内容は、2022年7月時点のものです

上智大学 Sophia University