身体と心の関係を探っていく生理心理学を専門とする総合人間科学部の岡田隆教授。とりわけ着目しているのは大脳にある海馬(かいば)。研究を通じ、そのメカニズムを解明することで、記憶障害に苦しむ人々を救う手立ても模索しています。
生理心理学という学問は、身体と心のつながりを明らかにしていく領域です。人間に心というものがあるのは、私たちに脳があるからこそ。この大前提に基づき、記憶や感情などの精神機能が脳の働きとどう関係しているのか、数々の実験を通じてデータを集めていきます。
心は、自分で100%制御できているようで、実はできていません。特に感情や情緒など、いわば自動的に身体や脳が反応することもあり、心と脳の関係は非常に不思議なものです。
記憶をつかさどっている海馬から脳の働きを探る
上智大学の心理学科には、脳機能測定装置である「NIRS(ニルス)」があります。これは生体に対して高い透過性を持つ近赤外線光を利用した装置で、光によって血流の変動を知り、それに基づき脳活動を測定するものです。大学の心理学科が保有しているのは珍しいと言われる装置ですが、脳の動きや活動記録を、学生同士で負担なく実験者・被験者の双方の立場に立ちながら研究を進めることができます。
例えば、学生の卒業論文研究のひとつに、弓を引くという動作の際の脳活動が、経験を積んだ熟練者(部活動の上級生)と初心者(1年生)でどのように異なるかを実験によって検討した研究がありました。また、「懐かしい」という感情を引き起こす音楽刺激を被験者に与えた時の脳活動測定に取り組んだ学生もいます。各学生の興味に応じた幅広いテーマの生理心理学的研究が本研究室で行われています。
学習や記憶は、脳の働きとどう関係しているのでしょう。脳では神経細胞が情報処理をつかさどっていますが、どんな働きをしているのでしょう。そして、人間はそれを意識して行っているのでしょうか。とても探求しがいのある研究領域です。
人間が記憶をしていく過程において、海馬が大事な場所であることをご存じの方は多いでしょう。海馬に関する研究は現在、私の注力する主要なテーマです。具体的な研究手法のひとつとしては、ラット(ネズミ)の脳を対象とし、顕微鏡を覗きながら厚さ約0.3ミリの海馬標本にいろいろな刺激を与え、そこで起きた神経活動を記録していくのです。海馬に刺激を与え、どんな刺激の時に神経伝達が生じやすくなるのかを探り、逆に、どんな物質が加わると抑制されてしまうのかも、実験で明らかにしていきます。
将来の目標は、記憶のメカニズムを明らかにし、記憶障害(健忘)に苦しんでいる人々に対する適切な支援へつなげていくこと。記憶を増進させるための方法を提案すべく、研究に取り組んでいます。
狙い通りの結果が出なくても、まずは実験
私の研究ポリシーは「まずは、実験してみる」ということです。仮説を立てつつも、実験してみて初めて分かることがいくつもあります。たとえ狙い通りの結果が出なくても、挫けずに実験を続けていくことが重要なのです。仮説通りの結果を示せることだけが正しいわけではありません。むしろ、新しい別の発見につながっていくかもしれません。机上の論理だけではなく、実験を重ねていくことが大事だと思います。
人間の心の豊かな活動をひとつひとつ解明していくのが、生理心理学。学生の皆さんには、疑問を解決するプロセスを、研究を通じて共に経験してもらえればと思います。資料を集め、手法を考え、研究し、解析する。おそらく将来、どんな分野でも活きてくると思います。
この一冊
『脳と心理学』
(二木宏明/著 朝倉書店)
私が初めて生理心理学の授業を受けた時に取り組んだ教科書です。脳活動と心理学を結びつけ、系統的に知ることができる内容になっています。そして、二木先生の思考が、「やってみないとわからない」という私の研究ポリシーの礎となっています。
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岡田 隆
- 総合人間科学部心理学科
教授
- 総合人間科学部心理学科
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東京大学文学部卒、同人文科学研究科博士課程修了。博士(心理学)。東京大学助手、オルデンブルク大学博士研究員、科学技術振興事業団博士研究員、東京医科歯科大学助手、専修大学助教授、上智大学准教授などを経て、2009年より現職。
- 心理学科
※この記事の内容は、2022年5月時点のものです