日本の法律をスペイン語圏に届けるという中南米法分析の長期的展望

外国語学部イスパニア語学科
准教授
ナンシー・エウニセ・アラス・モレノ

外国語学部のナンシー・エウニセ・アラス・モレノ准教授は中南米法を専門とし、税法、仲裁法、憲法を主な研究テーマとしています。日本の法律をスペイン語で中南米に紹介することを目指す一方で、AI時代の研究者として、知識の完全性を維持する責任を感じています。

今、私はアルゼンチンの仲裁法と憲法の観点から見たエルサルバドルの政治的発展についての論文に取り組んでいます。実は、日本と中南米の法制度には多くの類似点があります。

中南米諸国は、ローマ帝国に起源を持ち、スペインによる植民地化を通じて導入された大陸法を採用しています。対照的に、アメリカではイギリスから受け継いだ英米法が使われています。大陸法制度においては、法的な決定は主に成文法や法令に基づいて行われますが、英米法では、裁判所ははじめに裁判官による過去の判例を参照し、その後で成文法を確認します。

日本は明治維新期に法制度を構築する際、フランスやドイツなどの欧州諸国の法律を研究したため、大陸法を採用しました。こうした経緯から、日本の法律と中南米の法律との間には、構造的にも哲学的にも多くの類似点が見られます。

私が日本に関心を抱いたのは、故郷のエルサルバドルで幼少期に空手を習っていたころです。その後、国際協力機構(JICA)の海外協力隊員から日本語を教わり、大学で法律学ぶ間も日本語の学習を継続しました。来日して公法の修士号と博士号を取得した際には、中南米、ヨーロッパ、アメリカの税法の比較研究について、日本語で博士論文を執筆しました。

教員としては、日本法ではなく中南米法を専門に選びました。 日本の学術環境における私の強みは、スペイン語の能力と中南米とのつながりにあります。この強みが両地域の法律の類似点を知ることに役立つと考え、ヨーロッパ、中南米、アメリカのテレビや新聞、ポッドキャスト、雑誌など幅広い情報源を活用し、関心のあるテーマを探しています。研究論文や書籍、AIツールを用いて掘り下げ、研究テーマとしての可能性があれば課題を設定し、執筆を開始するのが私の研究プロセスの出発点です。

例えば、エルサルバドルでは大統領の再選をめぐる議論がありました。改正前の憲法第152条第1項には、大統領を2期連続で務めることができるかどうかについて曖昧な記述がありました。私は最高裁判所の憲法法廷の判決を歴史的観点から分析し、現職大統領が任期終了直後に再選を目指して出馬することは憲法上許されないと結論づけました。しかし実際には、2024年に大統領は再選され、2025年7月にはこの再選を正当化するために憲法が改正されました。私の研究は、脆弱な民主主義における憲法解釈と政治権力の影響力を明らかにしたと言えるでしょう。

AI時代の研究者は「知を創り出す」存在

私は、研究者は知を創り出す存在として重要な責任を担っていると考えています。それがAIと人間の研究者との大きな違いです。AIは既存のデータを処理して再編成することしかできませんが、研究者は新しい知識やアイデア、視点を創造します。私自身の貢献は海の砂粒のように小さいかもしれませんが、何らかの本質的な価値を持つ研究をしているのだと信じています。すべての研究者は知識の完全性を守らなければならないのです。AIには、情報の整理はできても新しい知を創り出すことはできないのですから。

現在、多くの中南米諸国は政治的に不安定な状況にあります。そのような中では、政治指導者が憲法を尊重するのではなく、自らの権限を制限するものとみなすことが多く、これが憲法制度に影響を及ぼします。

私の研究は中南米の政治動向を理解する上で価値を持つと考えています。例えば、エルサルバドルの憲法改正とその政治的背景は、同国だけでなく、似た道を辿る可能性のある他国にとっても非常に重要です。私は、憲法上の制約を軽視する政治家が、いかにして民主主義体制を徐々に権威主義的体制に変えうるかを示したいと考えています。法的な観点から、私の研究が立憲民主主義の脆さと、それを守ることの重要性についての理解を広める一助となることを願っています。

日本の法律をスペイン語で中南米に紹介することを目指して

将来的には、日本と中南米の法律の比較分析を行い、日本の法律をスペイン語で中南米に紹介することを計画しています。現在、中南米で入手可能な日本の法律に関する書籍のほとんどは英語で書かれており、スペイン語話者には十分に届いていません。私の目標の一つは、私の指導教員が執筆した論文、特に税法に関するものをスペイン語に翻訳することです。

日本と中南米は「代表なければ課税なし」といった、いくつかの基本的な税原則を共有していますが、重要な違いもあります。例えば、日本は所得を10の区分に分類しますが、多くの中南米諸国では所得に分類はありません。日本ではこの分野でさまざまな質の高い研究が行われています。日本の税法を中南米の学者や政策立案者にスペイン語で紹介できれば、この地域での研究の発展に大きく寄与できると考えています。

この一冊

『Courtroom』
Quentin Reynolds/著 Farrar, Straus and Giroux出版

ジャーナリストによって書かれたこの本は、当時タブーとされていたアフリカ系アメリカ人の弁護など、困難で誰も引き受けたがらない案件を担当した著名な弁護士、サミュエル・ライボウィッツの物語です。正義への強い信念に突き動かされ、彼は創造性を発揮してこれらの裁判に勝利しました。この本から、法律の世界における創造性の重要性を学びました。法律用語やアメリカの法制度を理解する上でも貴重な一冊です。

ナンシー・エウニセ・アラス・モレノ

  • 外国語学部イスパニア語学科
    准教授

同志社大学で公法学の修士号と博士号を取得したエルサルバドル人弁護士。イスパニア語学科の准教授と上智大学イベロアメリカ研究所所属の研究員を務める。

イスパニア語学科

※この記事の内容は、2025年6月時点のものです

上智大学 Sophia University