幼少期における家族とのかかわりが愛着の発達に影響する -ヒトとよく似た家族構造を持つマーモセットでの新知見

本研究の要点

  • 小型のサル、マーモセットは両親と年長のきょうだいが共同で赤ちゃんを背負って育てるという、ヒトと似た家族構造
  • 赤ちゃんは相手の寛容さや鳴き声への反応の素早さに応じて柔軟にふるまいを調節
  • 幼少期の家族とのかかわりが愛着の発達や自立に影響することを発見、ヒトにおける愛着形成メカニズムの解明のヒントになると期待

研究の概要

上智大学 総合人間科学部の齋藤 慈子准教授、北海道大学・理化学研究所の矢野(梨本) 沙織助教、Trinity College DublinのAnna Truzzi研究員、理化学研究所の篠塚 一貴研究員(研究当時)、東京工業大学の黒田 公美教授らの国際共同研究グループは、小型のサル、コモンマーモセット(以下、マーモセット)の赤ちゃんは相手の養育スタイルに応じて柔軟にふるまい方を調節し、次第に自立していくことを明らかにしました。

マーモセットは母親だけでなく父親や年長のきょうだいが赤ちゃんを背負って世話を分担するという、ヒトと似た子育て形態をもちます。生後数か月の間、マーモセットの赤ちゃんは基本的に養育者に背負われて過ごしますが、ひとりきりにされると盛んに鳴き声をあげ、その鳴き声をきいた家族が抱き上げて背負います。しかし、その対応の早さには個体差があり、赤ちゃんは素早く対応してくれる感受性1が高い養育者を求める傾向がありました。赤ちゃんは多くの場合、養育者に背負われるとすぐに鳴き止みます。しかし、背負っている赤ちゃんを噛んだり床にこすりつけたり抱っこを拒絶するような寛容性2が低い個体に背負われているときは、赤ちゃんは背負われていても不安が解消せず、頻繁に鳴き声を上げる様子が確認されました。

一方、人工哺育で育った赤ちゃんは、寛容で感受性の高い家族に対しても背負われるのを避けるなど、家族に育てられた赤ちゃんのように、相手に応じて柔軟にふるまいを調節できないことが観察から示唆されました。

これらの結果から、マーモセットは相手の養育スタイルに応じて柔軟にふるまいを調整し、感受性や寛容性に幅がある家族個体との関わりを通じて自立する力を養っていくと考えられます。ヒトと似た子育て形態をもつ比較的ヒトと近縁なマーモセットにおいてこのような幼少期における家族とのかかわりと愛着の発達・自立の関係が示されたことは非常に意義深い成果であり、ヒトの子どもの発達や自立についてヒントになると期待されます。

本研究成果は、2024年月2月20日に国際学術誌「Communications Biology」にオンライン掲載されました。

研究の背景

ヒトを含めた哺乳類は未熟な状態で生まれるため、生後しばらくは養育者による授乳・給餌や身体的な安全の確保など、広範な世話が必要となります。また、哺乳類の多くの種では、養育者との相互作用を通じて、子どもは生活に必要な技能や社会的行動を学びます。そのため、養育者との関係は、未熟な乳幼児期間だけでなく、成長後の生活にも影響する非常に重要な要素です。

養育者の関係を形成する要素の中でも重要なものとして「愛着」が挙げられます。愛着は、子どもが養育者や親しい個体を覚えて慕うことを指します。ヒトにおいては、幼少期に築かれた愛着が生涯にわたって社会性や心の健康に影響を与えることがあるため、その形成メカニズムの解明が求められています。しかし、倫理上の観点から、ヒトを対象とした研究には限界があるので、愛着行動の形成メカニズムを探るための動物モデルが模索されています。

本研究グループは、マーモセットはヒトと似た家族構成をもち、家族ぐるみで幼い子の世話をすることから、愛着形成のモデル動物として有望視しています。本研究グループはこれまでにマーモセットの子育て行動を詳細に観察し、子育て行動を「子の鳴き声への世話行動の早さ(感受性)」と「子を拒絶せず背負い続ける忍耐強さ(寛容性)」で定義し、脳の責任領域を特定しました(Shinozuka K. et al., Commun Biol. 2022)。

本研究では、マーモセットの感受性と寛容性に着目し、養育スタイルのちがいが子どもの愛着行動に与える影響を検討しました。

研究結果の詳細

研究グループはまず、ひとりにされた子どもと家族個体との一対一の相互作用を観察するための「子の回収試験」を実施しました。この実験では、子どもを家族から引き離してケージの片側に入れ、金網で仕切られた反対側に家族個体、あるいは子どもと関わりのない成体1頭を入れて、金網を取り除いたのち、子どもと成体の行動を観察しました。

ひとりにされた子どもは鳴いて助けを呼び、金網を取り除くと家族個体は子どもを背負いに駆けつけました。その際、子どもは大人を見分けており、家族個体にはすぐにしがみついた一方、見知らぬ個体にはなかなかしがみつきませんでした。

しかし、家族であっても、相手によっては、背負われることを避けたり、背負われているにも関わらず不安を示す鳴き声を上げたりするケースも観察されました。こうした子どもからの愛着が低いと示唆された家族個体は、子どもが鳴いていても無視したり、背負っている子どもを噛んだり床や壁に擦り付けて拒絶することが多いという傾向がありました。これは、子どもは、困っている時に助けてくれる(感受性の高い)家族個体を求める傾向にあり、辛抱強く背負ってくれる(寛容な)個体と一緒にいると安心できる、ということを示す結果と言えます。

さらに、同一の家族個体に対しては、その個体に対して示す愛着行動のパターンは複数の子どもで似通っていたことから、家族個体によって子どもは柔軟にふるまい方を変えていることがわかりました。

次に、やむをえない事情で家族から離されて育った人工哺育子の愛着を調査した結果、家族と一緒に育った子どもと異なり、寛容で感受性が高い家族個体に対しても背負われるのを避けたり、ほんの少し拒絶されただけですぐに離れたりするため、ひとりで過ごす時間が長くなる傾向が認められました。また、家族と一緒に育った子どもであれば自立する日齢に達しても、人工哺育子は家族を避けてひとりでいながらも鳴いて助けを求めるという矛盾した行動も認められました。

これらの結果は、養育スタイルに幅がある家族との自然なかかわりのなかで、相手に応じて柔軟にふるまい方を変える力や、自立するために必要な社会能力が培われていくことを示唆しています。

ヒトにおいても、子どもの愛着パターンは親の子育てパターンによって影響を受けることが知られており、本研究から、マーモセットも同様の傾向を示すことがわかりました。具体的には、家族と一緒に育ったマーモセットは困ったときにすぐ助けてくれ(感受性が高く)、辛抱強い(寛容性が高い)個体を求め、そのような個体と一緒にいると安心するという、ヒトでいう「安定型」に似た愛着を示す一方、人工哺育子は助けを求めながらも相手を避けるという矛盾した愛着パターンを示し、ヒトの「無秩序・混乱型」に似た愛着を示しました。

ヒトにおいて、幼少期における愛着形成は、生涯にわたって社会性や心の健康に影響を与えることがあるといわれています。幼少期に十分な愛着の形成ができなかった場合、情緒の発達や対人関係に困難が生じる「愛着障害」と呼ばれる状態を引き起こし、うつ病などの精神疾患を合併することもあり、愛着形成の重要性が注目されています。

今後、ヒトに似た家族構成をもつマーモセットをモデル動物として脳内機構を含めた愛着形成のメカニズムを研究することで、ヒトの愛着形成のメカニズムの解明や、愛着障害の理解や対策につながると期待されます。

本研究は、理化学研究所運営費交付金(脳神経科学研究センター)、日本医療研究開発機構(AMED)JP20dm0107144、JP22dm0207001、Brain/MINDS project 2014、No.16 dm0207003h0003、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業研究活動スタート支援JP26893327、同若手研究JP16K19788、同基盤研究(C)JP20K12587、同若手研究JP19K16901、同基盤研究(B)JP18KT0036、同基盤研究(B)JP22H02664、同挑戦的研究(萌芽)JP22K19486、武田科学振興財団2023年度生命科学研究助成の助成を受けて実施したものです。

【用語】

※1 感受性: 鳴いている子どもへの対応の早さ。本研究グループが先行研究で定義したマーモセットの子育て行動の主要変数の一つ。

※2 寛容性: 子どもを拒絶せずに背負い続ける忍耐強さ。本研究グループが先行研究で定義したマーモセットの子育て行動の主要変数の一つ。

論文名および著者

  • 媒体名:Communications Biology
  • 論文名:Anxious about rejection, avoidant of neglect: Infant marmosets tune their attachment based on individual caregiver’s parenting style
  • オンライン版URL:https://dx.doi.org/10.1038/s42003-024-05875-6
  • 著者(共著):Saori Yano-Nashimoto, Anna Truzzi, Kazutaka Shinozuka, Ayako Y. Murayama, Takuma Kurachi, Keiko Moriya-Ito, Hironobu Tokuno, Eri Miyazawa, Gianluca Esposito, Hideyuki Okano, Katsuki Nakamura, Atsuko Saito, Kumi O. Kuroda

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