育児嚢の進化をひもとく重要な手がかり
【本研究の要点】
- タツノオトシゴを含むヨウジウオ科の魚類は、オスが育児嚢をもち、メスから受け取った卵を育児嚢内で育て、稚魚を「出産」する。
- タツノオトシゴの育児嚢や棘の表面を覆うflame cone 細胞で発現する新たな遺伝子を発見し、 プロリン・グリシン・リッチ(pgrich)遺伝子と命名した。
- pgrich遺伝子はタツノオトシゴ属とヨウジウオ属の共通祖先で獲得されたと推測された。
- オスの育児嚢という特異な形質がどのような進化的過程を経て獲得されたのかを推測する重要な手がかりとなる知見。
【研究の概要】
上智大学理工学部物質生命理工学科の川口眞理准教授、安増茂樹教授らと東京農業大学と東京大学などの研究チームは、タツノオトシゴの骨板の突出部分(棘)や育児嚢の表面を覆うflame cone 細胞(※1)において、他の系統種に類似の遺伝子(ホモログ)(※2)を持たない新たな遺伝子が発現していることを明らかにしました。
この遺伝子の転写産物は、プロリンとグリシンに富んだアミノ酸配列をもつことからプロリン・グリシン・リッチ(pgrich)遺伝子と命名しました。魚類のゲノム配列データを用いて、pgrich遺伝子の相同遺伝子(※3)を調べた結果、タツノオトシゴが属するヨウジウオ科の一部の魚種においてのみ存在することが明らかになりました。pgrich遺伝子は、タツノオトシゴ属とヨウジウオ属の共通祖先で獲得されたと推測されます。
また、pgrichタンパク質のアミノ酸配列は、線維性タンパク質として知られるエラスチンをコードした遺伝子の相補鎖をアミノ酸に翻訳した配列と似ていました。これに加えて、pgrich遺伝子の周辺にはトランスポゾン(※4)やレトロポゾン(※5)配列が多く見られました。これらの結果からpgrich遺伝子は、タツノオトシゴの進化の過程において、トランスポゾンもしくはレトロポゾンの関与のもとにエラスチン遺伝子から派生し、タツノオトシゴ表皮のflame cone 細胞において、新たな機能を獲得したのではないかと示唆されました。 本研究成果は、2023年5月25日に国際学術誌「Cell and Tissue Research」にオンライン掲載されました。
【研究の背景】
真骨魚類は脊椎動物の中でもっとも多様な種を持つグループとして知られており、既知の脊椎動物種の半数以上を占めています。タツノオトシゴとその近縁種は、真骨魚類の中でもとくに特徴的な形態をもつことで知られ、表皮のすぐ下には硬い骨板で覆われて身を守っています。また、オスには子育て器官としての育児嚢があります。育児嚢はタツノオトシゴを含むヨウジウオ科の魚種にのみ見られ、タツノオトシゴのオスは、腹側にある育児嚢で抱卵し、稚魚を「出産」します。さらに、タツノオトシゴには形態学的に特徴ある細胞が知られており、育児嚢を含む尾の腹側や棘の表皮で多く観察されます。この表皮を覆っている細胞はflame cone 細胞と呼ばれ、表面から20-40 μm突き出し、粘液性の被膜で覆われています。本研究は、タツノオトシゴの育児嚢とflame cone 細胞の存在に着目し、そこで発現する遺伝子を探索しました。
全文はこちらのリリースをご覧ください。
*1 flame cone 細胞:タツノオトシゴの棘や育児嚢の表面を覆う細胞のこと。タツノオトシゴ属でのみ見られる細胞。
*2 ホモログ:他の種の遺伝子や構造、進化学的起源と類似している遺伝子のこと。
*3 相同遺伝子:同一の祖先に由来し、同じ構造・機能を持つ遺伝子のこと。
*4 トランスポゾン:ゲノム上の位置を変えることができるDNA配列のこと。
*5 レトロポゾン:ゲノム上を動くDNAのうち、RAN中間体を経るもののこと。
【論文名および著者】
- 媒体名:Cell and Tissue Research
- 論文名:Orphan gene expressed in flame cone cells uniquely found in seahorse epithelium
- オンライン版URL:https://doi.org/10.1007/s00441-023-03779-1
- 著者(共著):Mari Kawaguchi, Wen‑Shan Chang, Hazuki Tsuchiya, Nana Kinoshita, Akira Miyaji, Ryouka Kawahara‑Miki, Kenji Tomita, Atsushi Sogabe, Makiko Yorifuji, Tomohiro Kono, Toyoji Kaneko, Shigeki Yasumasu
【本リリース内容に関するお問い合わせ先】
上智大学理工学部物質生命理工学科
准教授 川口 眞理 (E-mail:k-mari@sophia.ac.jp)