2018年4月24日(火)午後6時45分から、上智大学グローバル教育センターが主催する連続セミナー「人間の安全保障と平和構築」の2018年度の第1回目が、上智大学四谷キャンパス2号館17階の国際会議場で開催されました。
この連続セミナーは、人間の安全保障と平和構築に関し、日本を代表する専門家や政策責任者を講師としてお迎えし、学生と市民、外交官や国連職員など、多様な参加者が、共にグローバルな課題について議論を深め、解決策を探っていくことを目的にしています。
第1回目のセミナーでは、UNHCR駐日事務所副代表の河原直美氏が「難民支援と平和構築」をテーマーに講演しました。
会の冒頭、上智大学グローバル教育センター長の小松太郎教授が、この連続セミナーが、国境を越えるグローバルな課題について、共に考えていくプラットフォームになって欲しいと期待を述べました。そして、本セミナーは、多種多様なフィールドで活躍されている実務家から現場の話を伺う貴重な機会であり、「人間の安全保障」に関して非常に幅広い観点から学べるはずだと語りました。
講演の中で河原氏は、大学卒業後、銀行に勤めた後、JPOの枠組みを使って、1996年にUNHCRに入った経歴をまず紹介しました。その後、ルワンダ、ミャンマー、バングラディッシュ、スイス、イラクなどでの勤務を経て、2014年からUNHCR駐日事務所の副代表として、難民問題の解決に尽力されています。
講演の前半では、河原氏ご自身が携わってきたUNHCRの活動内容及び難民の定義について説明が行われました。
河原氏は、まず、難民とは、「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であることや政治的意見などを理由に、迫害を受けるおそれがあるために自分の国を逃れた人」のことを指すと説明しました。自分の意思で移動する人と異なり、難民は「迫害の恐れがある為、帰国できない人々」であるという点を強調しました。
また、UNHCRは難民が国際保護を受けられるよう世界各国で支援を提供しながら、難民問題の解決に向けて努力しています。
そして河原氏は、難民を受け入れる国が、必ずしも豊かではないことを指摘しました。例えば、数百万人もの難民を受け入れているトルコにとって、難民受け入れは大きな負担になっています。しかし、それでも国境を閉ざさなかった為、多くの難民がトルコへ逃れ、救われています。河原氏は、この様なホスト国の姿勢は、賞賛に値し、UNHCRも常に感謝の意を示していると述べました。
さらに、現在UNHCRが難しい状況に直面していることを指摘しました。1分に19人(2016年時点)が新たに難民になる状況が続いており、難民の人数が膨れ上がり、予算や人員の観点からも、UNHCRだけでは対応が困難になっています。
この様な、増大する受入国の負担と増え続けるニーズを踏まえて、国際機関、各国政府、市民社会、企業、大学、個人など多様なアクターが連携する、社会全体としてのアプローチが必要だとして、2016年9月の国連総会で「ニューヨーク宣言」が採択されました。そして、難民受け入れ国の負担軽減、難民の自立支援、第三国定住、難民の自発的な帰還を促進する環境の整備を目的とし、その目的達成のために、「難民に関するグローバルコンパクト」を2018年秋にUNHCRは提示する予定であると述べました。
最後に、難民支援を通じた平和構築について、河原氏は、難民支援を通じた活動が平和構築に直接結びついていることを指摘し、両者が密接な関係にあることを強調しました。
その事例の一つとして、紛争終結後における復興支援を挙げ、UNHCRが帰還民に対して行なっている再定住支援を紹介しました。紛争後の社会は脆弱であり、紛争に至った要因や民族の憎悪が根強く残っている可能性があります。この様な状況下において、UNHCRは難民と地元住民が共に参加する再定住プロジェクトなどを展開しています。河原氏は、ルワンダにおいて、1996年に周辺国から難民が帰還した際、帰還民の再定住支援に携わりました。「難民が帰還できる家を作っただけでは難民支援は終わらない。人と人との繋がり、生活再建までサポートしていかないといけない。安定した社会を構築するまでが難民支援である」と力説しました。
そして、2つ目の事例として、難民の庇護国における平和構築について述べました。受け入れ国の経済が豊かでない場合、受け入れコミュニティーと難民に軋轢が生じる危険性があります。ホストコミュニティーが難民受け入れに対して、職を奪われてしまうと感じるなど、ネガティブな感情を抱いてしまう可能性を指摘しました。そのため、UNHCRは常に軋轢が生まれないようにホストコミュニティーに配慮しながら、支援を行なっています。
コメンテーターの小松教授は、以前に河原氏の講義を拝聴した際に「1人の難民を助けることにも意義がある」というメッセージを感じたと述べました。小松教授は、自身が実務家として開発援助や緊急人道支援の教育分野に携わってきた経験を基に、支援に携わる人々が、効率性の観点から、実施している教育プロジェクトが、いかに多くの子供に裨益できるかを考えがちであると指摘しました。しかし、「やはり原点は1人ひとりにストーリーがあり、それらに配慮しつつ支援していくことである」ということを改めて感じさせてくれた講演であったと、感謝の気持ちを述べました。
また、小松教授は、現在、本学がUNHCRと連携して、難民の方に対し高等教育の機会を提供していることを紹介しました。そして、本学が、緊急人道支援に携わりたい人を対象に、来年から、人材育成の講座を公開講座として開講することを紹介しました。
講演後、学生や外部の方々から多くの質問が河原氏に寄せられました。「難民の数が増える中で、教育の支援の仕方がどのように変化し続けているのか?」という質問に対して河原氏は、難民の状況も多種多様であり、教育支援のあり方もケース毎に異なると指摘しました。難民キャンプで暮らしていない難民も多く、世界の難民の4分の3は「都市難民」であり、置かれている環境によって支援の方法も異なります。難民キャンプでの教育支援としては、NGOと連携して学校を設立し、椅子やテーブルを用意し、出身国で教師だった人にボランティアで指導をお願いすることもあります。その一方で、難民が都市部にいる場合は、現地のローカルスクールに行ってもらうこともあります。
ヨルダンでは、教育省が、難民の子どもたちの教育の機会が奪われてはならないと、自分達の学校にシリア難民の子どもを受け入れました。場所のスペースが足りない分は、午前中はシリア難民の子ども、午後はヨルダンの子どもという形で午前と午後の2シフト制にして、授業を行っていました。そしてUNHCRは、ストーブ等の設備を提供するなどの支援を展開しました。難民の数が多くなると、ニューヨーク宣言でも言及されているように、人道機関だけでは限界があるため、政府や民間の連携が必要であると河原氏は強調しました。
また、「21年間難民支援を続けられた原点となるものは何ですか?」という質問に対して河原氏は、「最初からUNHCRを目指していたわけではないが、ルワンダで毎日難民キャンプに行って、ブルンジ難民の方に、何が不安なのか聞き、UNHCRとしてどういう支援をしていくか一緒に話をしながら支援を行なっていた。ある日、難民がブルンジの一部地域に帰れる機会が訪れ、候補者を集ったところ、50名くらいが手をあげた。帰還に向けた準備をして、帰国日に難民の方々が乗っているトラックの所に行くと、難民の人たちが『今までありがとう。UNHCRがサポートしてくれたからこそ自分たちは今日までやってこられた。今日、私たちは自分の国に帰れるのです』と喜んでいる姿に胸を打たれ、UNHCRが難民1人1人の人生に深く関わっていることを実感した。50名が、今日から難民ではなくなる。何千万人もいる難民の中のたった50名かもしれないが、その50名が今日から難民ではなくなる。その1人1人の人生にUNHCRが寄り添って援助をしていることを強く感じた。それがずっと難民支援に携わる原点になっている」と熱く語りました。
最後に、この連続セミナーの主催者で司会を務める上智大学グローバル教育センターの東大作教授が、ルワンダにおいては、汚職も減少し、治安が改善され、現在は、多くの外国企業が投資をしていることを述べました。しかし、その一方、ルワンダ国内に入って調査をしている研究者によれば、社会における民族間の待遇の差がまだ残っており、国民の中には不満を感じている人もいるという指摘があることを話しました。そのような状況の中で、現政権を一方的に賞賛することに対する批判はあるものの、他のアフリカの国々と比較すると、ルワンダの発展や、民族間の対立を乗り越えようと努力しているルワンダの功績は否定できないと指摘しました。東教授は、2月に訪問したイラクにおいて、3人の副大統領と懇談をしたことも引き合いに出しながら、民族・宗派の対立を克服するリーダーの存在が、持続的な平和構築における重要な鍵であり、難民が帰還後、安定して生活する上でも欠かせないと強調しました。
会場には150人近くの参加者が集まり、熱い議論が最後まで続き、セミナーの後も多くの学生が河原氏に個人的に相談をしたいと長い列ができていました。