人間の心の働きを知覚・認知から捉える取り組み、実験心理学の魅力とは?

視覚や聴覚などに着目して、人の知覚や認知から心の働きを研究している総合人間科学部の日髙聡太教授。実験心理学の手法を使って探求することの面白さや、実験によって発見した光と音の錯覚現象、知覚や認知の多様性などについて語っています。

例えば目で見た物を高さや奥行きのある3次元映像として認知するためには、目に入ってきた光の情報が網膜から脳に伝わる過程で解釈、変換されることが必要です。視覚に限らず聴覚、触覚、嗅覚、味覚などすべての感覚は、脳でさまざまな処理が行われた後に、実際に「感じる」ことができるようになります。このプロセスを心の働きと捉えて研究する分野は、専門的には知覚心理学や認知心理学と呼ばれています。

視覚と聴覚が入り交じる錯覚が起こる

研究は、実験によって人の心の働きをデータとして可視化し、理解しようとする実験心理学の手法を用いて行います。例えばパソコンの前に座った実験参加者に、モニター上で人の顔や動物の絵などさまざまな画像を見てもらい、そのあと、別の画像を同数混ぜます。その後、1枚ずつ、最初に見た画像かどうかを判断してもらいます。正誤の割合などをデータ化することで人間の記憶の特性を探ることができます。心理学では心の問題を抱えた人を援助する臨床心理学が有名ですが、実際にはこのような基礎心理学領域と両輪をなしています。

私自身の研究では、人間の視覚と聴覚を同時に働かせた状態では、両者が入り交じる錯覚が起こることを明らかにしたものがあります。

実験では参加者に、モニター上で止まって点滅している光を見てもらいます。その際、左右の耳に交互に提示されることで水平方向に動いていると感じられる音を流します。すると、止まっている光が左右に動いて見えることが分かりました。なお、この現象は光の点滅を目の中心ではなく、端のほうで見たときにだけ生じました。この結果から、我々は目で見ただけではあいまいな場面でこそ音を手がかりに動きを感じるという仕組みを持つと考えられます。錯覚を手がかかりに、普段人間の脳で行われている変換処理のプロセスの一部を取り出すことができると考えています。

車の減速を促す立体的に見える路面標示や、目を大きく見せる効果のあるアイシャドウなど、錯覚は私たちの生活の場に広く利用されています。私が見つけた錯覚は、VR技術に使えるのではないかという声をいただいています。アミューズメント施設のアトラクションなどにも利用できるのではないかと期待しています。

知覚や認知には個人差があることを伝えたい

学生には授業を通じて「知覚や認知の多様性」を伝えることを意識しています。授業でよく錯覚の体験をしてもらうのですが、「自分には(錯覚が)分からなかった」という人が必ずいます。知覚や認知という基礎的な部分においてもすでに人の感じ方には個人差があることは心理学の世界ではよく知られていることです。そして、こうした差が考え方や好みの違いにも影響していると考えられます。違いを認め合うことが寛容な社会につながるという点でも、知っておいて欲しい知識です。

最近は発達しょうがい特性に着目した研究も行っています。発達しょうがい特性は、例えば大きい音に敏感であるなど感覚の特性と関係があることがよく指摘されます。このような感覚上の特性を理解することで、日常生活における対応策につなげることができます。人の知覚や認知に関する研究は医学部や工学部でも行われており、さまざまな領域の研究者とも協働して知見を広げて行きたいと考えています。

この一冊

『ビジョン‐視覚の計算理論と脳内表現』
(デビット・マー/著、 乾 敏郎・安藤広志/訳 産業図書)

人の知覚・認知を情報処理機構として捉える視点を提唱した神経科学者の著書。大学時代に初めて読み、あまりの難しさに大学院生の助けを借りたことを覚えています。苦しみながらも内容のすばらしさに魅了されたことが、現在の研究につながりました。

日髙 聡太

  • 総合人間科学部心理学科
    教授

立教大学文学部心理学科卒、東北大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員、立教大学現代心理学部心理学科助教、准教授、教授およびUniversity of London, Birkbeck 滞在研究員などを経て、2023年より現職。

心理学科

※この記事の内容は、2023年5月時点のものです

上智大学 Sophia University