19世紀のアメリカ文学を代表する作家ホーソーンの研究に新たな視点を提示する

文学部英文学科
准教授
田島 優子

19世紀半ば、アメリカ文学を確立しようとしたアメリカン・ルネサンス期の作家の一人、ホーソーンの研究を続ける文学部の田島優子准教授。女性登場人物の描かれ方を検証することで、ホーソーン研究に新たな視点を提示します。

私が主に研究しているのはナサニエル・ホーソーン(1804~1864年)です。19世紀半ば、アメリカン・ルネサンス期と呼ばれる時代を代表する作家の一人です。代表作『緋文字』のほか、『七破風の屋敷』、『大理石の牧神』などの長編を著しています。

最近の研究テーマは、ホーソーン作品における女性像の変容です。ホーソーンの1830年代の多くの短編作品では、男性登場人物の宗教的・倫理的問題が象徴と寓意によって提示され、その際に女性は男性の姿を映し出す鏡の役目を担うにすぎません。しかし1850年以降、長編においては、宗教的テーマに加えて人間同士の葛藤という社会的問題が前景化されるようになります。

この変化の背景には、若い頃から孤独癖のあったホーソーンが、ボストンや郊外のコンコードの文壇に仲間入りし、結婚し、社会化されたことの影響があると指摘されます。これに加え、理想化されないリアルな女性が描かれることで、作品に社会的現実がもたらされたのではないかと私は考えています。

女性のリアルを描いた作家

例えば、『緋文字』(1850年)は、17世紀のボストンの清教徒社会で起きた姦通事件を題材に、罪とは何かを描いたものです。主人公のヘスター・プリンはアーサー・ディムズデール牧師と不倫関係になり、子を身ごもります。社会から糾弾を受けても、不倫相手を明らかにしようとせず、牧師への思いを遂げようとします。宗教的な規範より個人の自由意志に重きを置くヘスターは、それ以前のホーソーンの短編作品にはほぼ見られなかった強い女性であると言えます。

エドガー・アラン・ポー、ハーマン・メルヴィルといったアメリカン・ルネサンス期の他の男性作家の作品では、女性はほとんど登場しないか、何らかの寓意を示すために利用されます。ある批評家は、19世末までのアメリカの主要男性作家のうち、女性をリアルに描いたのはホーソーンだけだと主張しています。

ヴィクトリア朝期のイデオロギーを内面化した白人男性として、彼にも男性中心主義的な面があったことは否定できませんが、しかしそうした時代に女性に共感の眼差しを向け、女性の葛藤を描き続けた点で、ホーソーンは稀有な存在であったと言えるでしょう。私は女性登場人物に焦点を当てることで、保守的な作家と見られることが多かったホーソーンの研究に、新しい視点を提示できるのではないかと考えています。

女性作家の本が売れていた19世紀半ば

アメリカ文学史においては、ラルフ・ウォルド・エマソン、ハーマン・メルヴィルといった芸術性の高い作品を残した男性作家ばかりがアメリカン・ルネサンスの作家として取り上げられてきましたが、当時の出版事情を見てみると、実は女性作家による家庭小説や感傷小説のほうが売れていました。例えばこの時代のベストセラーには、アメリカの奴隷制を批判した、ハリエット・ビーチャー・ストウの『アンクル・トムの小屋』(1852年)があります。1970年代以降、アメリカ文学の「正典」の見直しが本格化して以降、こうした女性作家の研究を進め、文学史上の位置づけを再定義しようという動きがあります。

今後はホーソーン研究に軸足を置きつつ、当時の女性作家の研究も進めたいと考えています。当事者として女性の問題を描いた作品と照らし合わせることで、ホーソーン文学における女性像をさらに明らかにしていきたいです。

この一冊

『THE GREAT GATSBY』
F.SCOTT FITZGERALD/著 Independently published

高校時代に日本語訳を読み、大学時代に原書を読みました。主人公が立身出世を遂げてアメリカン・ドリームを達成し、そして、失脚する。アメリカ文学のスケールの大きさを感じることができる小説です。

田島 優子

  • 文学部英文学科
    准教授

佐賀大学文化教育学部国際文化課程卒、九州大学大学院人文科学府言語・文学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。宮城学院女子大学学芸学部英文学科准教授などを経て、2023年から現職。

英文学科

※この記事の内容は、2023年5月時点のものです

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