社会言語学と応用言語学を専門とし、特に少数言語を研究している外国語学部のアロツ・アインゲル准教授。少数言語話者のアイデンティティーを明らかにし、言語と社会問題がどう関係しているかを研究しています。
私の研究分野は社会言語学と応用言語学で、最近では主に少数言語についての研究をしています。少数言語を話す人々のアイデンティティーや、少数言語が彼女ら・彼らの生活のなかでどのような役割を果たすかなどを探っています。
実際、私は少数言語の話者でもあります。スペイン北部にあるバスク出身で、スペイン語とともにバスク語を使ってきました。バスク語は少数言語ですが、バスクの人たちにとってとても重要な存在です。
言語学や言語理論の研究史の勉強をした後で、言語の社会的な側面・人類学的側面について考え始めました。私たちのアイデンティティーや社会の政治的な動きと言語がどう関連しているかをより深く研究し、理解したいと思うようになったのです。
アイデンティティー形成における言語の役割
最近は、少数言語としてのバスク語について研究を進めています。20世紀、スペインでは独裁政権が40年に渡って続きました。現在、スペインには五つの公用語がありますが、当時、スペイン語以外の少数言語の教育や公的使用は禁止されていました。
その後、1975年から民主化の時代になると、さまざまな言語復興政策が実施され、バスクでも言語を教育し、社会用のあらゆる分野で使用する権利を得るようになりました。こうした言語復興はスペインだけでなくヨーロッパやさまざまな国の流れとなり、日本のアイヌ語や琉球諸語などにもつながっています。
言語復興運動によって、多くのバスクの人たちは家庭ではなく学校でバスク語を学ぶようになりました。さらに、私がインタビューで出会った人たちは、自分たちの子どもがバスク語を第一言語として話すことを選択しています。
伝統的なバスク語話者と少し異なる背景を持つ人が、言語復興をどう位置づけているのか。バスク社会において家庭での言語の管理、運営をどのように行っているのか。「典型的な話者ではない(「母語話者」でない)」人がバスク語を習得することで起きるアイデンティティーの変化は、重要な研究テーマです。
言語とアイデンティティーのつながりを明らかにする
普段は意識していないかもしれませんが、私たちのアイデンティティーにとって、言語は非常に重要です。アイデンティティーの形成において言語がどのような役割を果たしているかを研究し、言語とアイデンティティーのつながりを明らかにすることは、社会にとって意味のあることです。
典型的な話者とは少し違う新しいタイプの話者が、バスク社会のなかでどのような問題に遭遇しているのか、また、学校でバスク語を学ぶという、子どもたちにとって重要な選択のなかで、その後、子供たちがどのような経験をしていくのか。
この研究の意義は、私たちの生活のなかで言語が果たす役割を確認できるところにあります。社会問題や不平等が言語とどうつながっているのか。少数言語を研究することで、必ずしも社会の中心にいない人々の言語アイデンティティーを明らかにすることができるので、彼らの抱えている問題の解決に役立つと考えています。
この一冊
『The Dispossessed』(日本語版では『所有せざる人々』)
(ア−シュラ・K.ル・グウィン/著 文藝春秋)
本書は、近接する二つの惑星の人々の出会いによって、私たちが前提としている社会の常識は、一方の社会では常識ではないということを教えてくれます。より価値観に合った社会、もっと自由平等で公平な社会を理解するのに役立ちます。
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アロツ・アインゲル
- 外国語学部イスパニア語学科
准教授
- 外国語学部イスパニア語学科
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デウスト大学人文学部歴史学科卒、マドリード自治大学人文学部東アジア学科卒、マドリード自治大学人文学研究科博士前期課程修了、東京大学大学院学際情報学府博士後期課程修了。博士(学際情報学)。慶應義塾大学総合政策学部訪問講師(招聘)を経て、2019年より現職。
- イスパニア語学科
※この記事の内容は、2022年11月時点のものです