抑圧に負けず、新たな視点で社会を捉えたシュルレアリスム作家の魅力

フランス文学の中でも20世紀最大の芸術運動「シュルレアリスム」の作家を中心に研究する文学部の永井敦子教授。さまざまな作品に見られるフランス文学の奥深さや、世界のフランス語圏におよぶ研究の意義について語っています。

フランス文化と言えばオペラやバレエ、ファッションなどを思い浮かべるかもしれませんが、文学も負けず劣らず、世界中で親しまれています。フランス文学には11世紀から現代に続く歴史がありますが、私はこのうち、20世紀最大の芸術運動と言われた「シュルレアリスム」の作家を中心に研究しています。

シュルレアリスムはいわゆる「シュール」の語源ですが、これは「現実離れした」という意味ではありません。日本語では「超現実主義」と訳されていますが、制約を取り払い、形骸化した道徳や美的な先入観から逃れた人間本来の欲求や無意識の世界を探求しようとした思想なのです。

作家の思考を丁寧に読み取ることで新たな気づきも

シュルレアリスムの作品は、自由な視点で社会を捉えたものが多いのが特徴です。1930年代、社会が戦争に向かい検閲も厳しくなる中、女としてよりは『人』として女性に向き合った男性作家や、女性作家によるアセクシャル(無性愛)的な詩など、現代のフェミニズムやジェンダーの問題につながる作品も少なくありません。

シュルレアリスムの中でも特異な存在とされたフランスの芸術家、クロード・カーアンや作家で社会学者のジュール・モヌロの作品から、彼らが抱えていた生きづらさを知り、伝えることも私の仕事の一つです。

カーアンは女性をパートナーとして生き、当時、女性を女神的に扱う傾向のあったシュルレアリスムの男性たちにとっては、どう扱っていいのかわからない存在でした。モヌロはフランスの海外県であるカリブ海のマルティニーク出身ですが、エクゾチズム(異国趣味)の対象になることを拒み、同時にパリの知識人界で自分の居場所を見つけることもできませんでした。

フランス文学研究の魅力は、テキストに書かれた言葉から作家の思考を丁寧に読み取るだけでなく、そこでの気づきや新たな解釈ができるところにもあります。人生において乗り越えるべき問題の核心的な部分も描かれており、卒業生からは、「社会人になって苦労をしたとき、作品の意味がわかりはっとした」、「気づきによって視界が開けた」という話をよく聞きます。学びが滋養となり、生きる力となっているのだと思います。

研究は世界のフランス語圏にも広がっていく

シュルレアリスムを酷評したといわれるジャン=ポール・サルトルなども研究対象です。酷評した作家の作品を読むことで双方の意見の分かれ目を探ることができ、シュルレアリスムへの理解もさらに深めることができます。

近年はフランス語圏のアフリカの民話やことわざの研究にも取り組んでいます。フランス語は世界の各地で使用されており、フランス語圏文学は世界に広がる学問領域と言えます。また、シュルレアリスムに影響を受けた日本の詩人たちの作品を研究しつつ、フランス語の訳詩集として出版する準備もしています。これまであまり知られていなかった作品を国内外に紹介し、また、フランスと日本をつなぐという意味で、まだ新しい分野ではありますが、学術的にとても意義があると考えています。

フランス文学は現在のような世界のグローバル化にさきがけて、古くからあらゆる分野を多様な視点でとらえ、世界から影響を受け、また、世界に影響を与えてきました。フランス文学を通じて身に付くものの見方や考え方は、今の時代にこそ必要なものであり、役に立つ学問であることを確信しています。

この一冊

『シルトの岸辺』
(ジュリアン・グラック/著 安藤元雄/訳 岩波文庫)

休戦状態を続ける対岸の敵国を望む前線基地に赴任した青年。その宿命を描いた長編小説です。大学2年生のとき、読後感を恩師に伝えたところ、「一生をかけて研究するにふさわしい作家ですね」と言われ、すごくうれしかったことを覚えています。

永井 敦子

  • 文学部フランス文学科
    教授

上智大学文学部フランス文学科卒、同文学研究科博士後期課程中途退学。博士(フランス・アンジェ大学、文学)。岐阜大学教養部助教授、上智大学文学部助教授などを経て、2003年より現職。

フランス文学科

※この記事の内容は、2022年4月時点のものです

上智大学 Sophia University