電気と磁気の性質を併せ持つ「遷移金属酸化物」の開発に取り組んでいる、理工学部の桑原英樹教授。開発された材料が身近な製品に応用されるプロセスや、予想外の結果が新材料につながるエピソードなど、その研究の面白さについて語ります。
1940年代に半導体を使った半導体素子が発明されてから、約80年。半導体は進化を遂げ、今やパソコンを動かす集積回路や家電、ATMなどのあらゆる制御装置に欠かせないものとなりました。一方、半導体の高性能化は限界が指摘されており、現在では半導体に代わる新しい材料の開発も盛んに行なわれています。私が取り組んでいる「遷移金属酸化物」もその一つ。銅や鉄、クロムなど、周期表の3族から11族に含まれる金属元素と酸素から作られる化合物です。
遷移金属酸化物は電気の性質と磁気の性質を併せ持っているのが特徴です。また、ある条件下で電気抵抗がゼロになる「超伝導」現象も、この材料のなかから実現する化合物があるなど、さまざまな物理的、化学的特性を持っています。エネルギーの材料や情報・通信機器の材料として幅広く利用できるのではないかと期待されているのです。
開発した熱制御材料が惑星探査機の「はやぶさ」に搭載
私が現在研究しているものには、パソコンなどの記憶媒体となる不揮発性メモリーや、惑星探査機に使う太陽熱を制御するための材料があります。不揮発性メモリーは電源を供給しなくても記憶を保持できるメモリーです。現在パソコンなどに使われているメモリーは、読み込みが早いものの電気供給が必要。同じ速度で動く不揮発性メモリーができれば、省エネにつながります。
惑星探査機に使う熱制御材料は、大気圏の外で太陽の影響を直に受ける宇宙機に欠かせないものです。私たちが開発した遷移金属酸化物には、高温になると熱を放射し、低温になると熱を保持する性質を持つものがあり、これはすでにJAXAとの共同研究から「はやぶさ」と「はやぶさ2」に熱制御パネルとして搭載されました。現在もさらに機能を向上させるための改良を続けています。
研究の手法としては、まずそれまでの知見に基づいて材料を設計し実際に作ります。そして、完成した材料の性質をさまざまな機器で評価する、ということの繰り返しです。同じ材料でも配合や工程の違いにより、できあがりの性質が異なります。設計通りに作っても、予測通りにならないことが多いのです。
現在の研究を50年後の未来の技術に役立てたい
だからこそ、想定外の性質が見つかることも珍しくありません。これが、この研究のおもしろさでもあります。駆け出しの頃はネオジムという希土類元素から作った材料から、予想外に大きな電気抵抗があることを発見しました。
開発した材料が、私たちの予想を超えてまったく別の用途として使われることもあります。前述の熱制御材料がまさにそうした例で、最初は磁気抵抗材料として論文を執筆しました。ところが、論文を見た研究者などから「〇〇に応用できるのではないか」と話が来ることがあるのです。地道な研究ではありますが、丁寧に取り組んで成果を出せば、誰かが見てくれる。それが研究の励みになっています。
技術革新のスピードは加速しています。私が大学を卒業した頃にはなかった液晶画面も携帯電話も実用化されており、50年後には想像もできない世界があることは間違いありません。研究者としては、その50年先の未来の技術の一端を担いたいですし、それを狙って日々の課題に取り組んでいきたいですね。
この一冊
『地球時代の日本人』
(梅棹 忠夫/著 中公文庫)
著者は文化人類学のパイオニアであり、フィールドワークの先駆者。グローバル化という言葉が生まれる以前に出された本で、国際交流のあり方や民族問題などについて論じられています。私が広い視野で研究に取り組むことを心がけてきたのは、この本の影響です。
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桑原 英樹
- 理工学部機能創造理工学科
教授
- 理工学部機能創造理工学科
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関西学院大学理学部物理学科卒業、筑波大学大学院理工学研究科理工学専攻修士課程修了、東京大学工学部物理工学専攻で博士(工学)取得。三洋電機株式会社筑波研究所入社後、通産省・NEDO による産官学集中共同研究プロジェクト・ アトムテクノロジープロジェクトなどで経験を積み、1998年より上智大学に勤務。2007年より現職。
- 機能創造理工学科
※この記事の内容は、2022年10月時点のものです