鉛の代替物質を研究。環境にやさしいエレクトロニクスを目指して

理工学部の内田寛教授の専門は、応用化学。現在取り組んでいるのは、酸素と金属の結晶を電子機器などの部品材料に役立てるための研究です。有毒な鉛などを使わないモノづくりの意義や研究ポリシーについて語っています。

私が行なっているのは、酸素と金属からできた金属酸化物の結晶を作り、電子部品の材料などに用いるための研究です。中でも主な研究対象としているのが、圧電体という物質。圧電体の材料として長年使用されている鉛を含んだ金属酸化物を、鉛を含まない他の物質で置き換えることが、研究目標の一つになっています。

圧電体とは、力を加えて変形させると電気が生じたり、電気を加えると変形したりする性質を持つ物質です。その特性から、揺れなどを感知して電気信号で知らせるセンサーや、電気を加えたときの変形を利用して空気を振動させるスピーカーなどに用いられています。現在は主にチタン酸鉛などの鉛を含んだ金属酸化物が利用されています。鉛は入手が容易なことからさまざまな電子部品にも使われていますが、鉛を含んだ圧電体は非常に優れた性能を持つため高性能なセンサーやスピーカーを作るための材料として今も広く利用されています。

鉛を含まない圧電体物質の使用

一方で、鉛には人の脳や神経に悪影響を及ぼす毒性があることも分かっており、近年はさまざまな分野で鉛の代わりとなる物質の研究が進められているところです。鉛が使われた電子機器は、使用中は特に問題がなくても、製造工場から鉛成分を含んだ廃棄物が漏洩したり、機器の使用後に埋立地などに廃棄されたりすれば、雨水によって成分が溶け出し、地下へ染み込んで環境に悪影響を与えます。鉛を使わないモノづくりを実現することは世界的な急務なのです。多くの専門家が精力的に研究をしていますが、鉛を含んだ圧電体と同等の性能を持つ物質は、いまだに見つかっていません。

しかしここ数年で少しずつ研究が進み、ニオブ酸カリウムや酸化ハフニウムなどを主成分とした化合物が、鉛を含んだ物質の代わりになり得る物質として期待されています。これらの物質は優れた性能は持つものの、結晶を加工する行程で結晶の状態が不安定になるという問題があったのですが、結晶を作る際の加熱や冷却の仕方を工夫すれば、安定した状態が維持できることが最近の研究で発見され、以来、世界各国で注目されるようになりました。

加熱や冷却の仕方を変えるというのは非常にポピュラーな技術ですが、たまたまこれらの物質に対しては、誰もその方法を試してこなかったのです。同じ物質や技術を使っていても、組み合わせを少し変えただけで結果が大きく変わり、新しい発見が生まれるのも化学の面白さです。

今も胸躍る実験の楽しさ。社会の役に立てることも魅力

研究は効率良く進めることももちろん大切ですが、いいアイディアを思いついたら、失敗を恐れず、まずは実験して試してみるのが私のポリシーです。もちろん失敗することもありますが、なぜうまくいかなかったのかを調べて次にいかせば、失敗にも価値が生まれます。

私は高校時代に所属した理科部の活動が楽しくて、研究者の道に進みました。実験は今も大好きですし、失敗して実験が嫌になった経験は、これまで一度もありません。学校の理科室で硫酸銅の青い結晶を作ったときのように、今も自分が作った物質が反応装置の中で結晶となって現れる瞬間は胸が躍ります。予想通りの結果が出れば嬉しいし、予想外の結果が出てもまた面白い。化学の純粋な楽しさを味わえること、さらに自分の手がけた研究の成果を世の中に役立てられることが、研究者という仕事の魅力です。

この一冊

『ロウソクの科学』
(ファラデー/著 三石巌/訳 角川文庫)

著者は19世紀のイギリス人科学者。彼が子ども向けに開講した実験講座の内容を書き起こした本書は、化学の入門書として有名です。今も読むたびに、理科部の活動で毎日実験に没頭した高校時代のことを思い出します。

内田 寛

  • 理工学部物質生命理工学科
    教授

上智大学理工学部化学科卒業。上智大学院理工学研究科応用化学専攻博士前期課程修了。東京工業大学理工学研究科無機材料工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。上智大学理工学部化学科助手、同理工学部物質生命理工学科准教授を経て2018年より現職。

物質生命理工学科

※この記事の内容は、2023年5月時点のものです

上智大学 Sophia University