中央アジア国民の健康状態がロシア国民よりも良好であることを解明しました

国民の生活の質(QOL)向上に向けた政策提言に有用な知見となることを期待

本研究の要点

  • 疾病などのマイナスの健康状態だけでなく、プラスの側面も合わせて、中央アジア3カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン)とロシアの健康余命を調査。
  • カザフスタン、キルギス、タジキスタンではロシアよりも経済発展レベルは低いにも関わらず、国民の健康状態はロシアよりも良好であることを解明。
  • 社会保障制度の拡充など、国民のQOL向上に向けた各国政府の政策提言に有用な知見。

研究の概要

上智大学 国際教養学部国際教養学科の皆川 友香准教授は、日本大学 経済学部経済学科の齋藤 安彦研究特命教授と共同で、①平均余命に加えて、②健康な状態で過ごす平均余命(健康余命)、③幸せな状態で過ごす平均余命(幸福余命)についても調査を行い、中央アジア3ヵ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン)がロシアよりも国民の健康状態が良好であることを明らかにしました。

1991年のソビエト連邦崩壊後、成人死亡率の急上昇やその後の人口動態に関する研究が広く行われてきました。その多くは疾病の有無を指標としたマイナスの健康状態(negative health)に関するもので、幸福度などのプラスの健康状態(positive health)に注目した研究はほとんどありませんでした。そこで本研究グループは、negative healthとpositive healthの概念に基づいて、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ロシアの30歳以上の男女を対象に、①平均余命、②健康余命、③幸福余命について調査を行い、各国の結果を比較しました。

その結果、ロシアに対して、カザフスタン、キルギス、タジキスタンの②健康余命と③幸福余命が著しく長いことがわかりました。これは中央アジア3ヵ国がロシアより社会経済発展レベルが低いにも関わらず、国民の健康状態が良好であることを示唆しています。また、旧ソビエト連邦構成国における国民の健康状態の傾向を理解する上で、健康に対する多面的なアプローチの重要性を示しています。本研究をさらに発展させることで、各国の社会保障制度の充実や国民生活の安定に向けた政策立案に役立つ知見となることが期待されます。

本研究成果は、2023年11月21日に国際学術誌「Population Research and Policy Review」にオンライン掲載されました。

研究の背景

1991年のソビエト連邦(ソ連)の崩壊は、独立国の人々の健康に悪影響をもたらしました。ロシアでは、ソ連崩壊直後に成人死亡率が急激に上昇し、平均寿命は1990年代前半に大きく減少しました。この原因として、社会的ストレスの増大、アルコール消費の拡大、社会不安の深刻化、事故・犯罪率の増加などが挙げられます。中央アジア諸国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンなど)の一部では、1990年代前半に成人死亡率が上昇しましたが、ロシアほどの上昇は見られませんでした。

旧ソ連諸国の国民の健康状態に関する研究の多くは、これらの1990年代の死亡率上昇に焦点を当てており、その後、各国民の健康状態がどのように変化してきたかについてはあまり注目されてきませんでした。また、生活の質まで掘り下げて評価した研究はほとんどありませんでした。

1996年、オランダの社会学者Veenhovenは、生活の質を評価する上で、マイナスの健康状態(negative health)だけでなく、プラスの健康状態(positive health)に注目することの重要性を示しました。本研究グループは、この概念をベースとして旧ソ連地域における集団の健康を理解するためには、negative healthとpositive healthの両側面から集団の健康状態を俯瞰する必要があると考えました。

そこで、本研究では人生を平均寿命と健康状態の両側面からとらえた指標である健康余命の考え方を用いて、①平均余命に加え、②健康な状態で過ごす平均余命(健康余命)と③幸せな状態で過ごす平均余命(幸福余命)という2つの指標を導入し、中央アジア3カ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン)とロシアを対象とした健康状態の調査を行いました。

研究結果の詳細

死亡率に関するデータはWHOが公表した2019年版生命表を活用しました。その他のデータは世界価値観調査(WVS: World Values Survey)の結果を使用しました。negative healthの指標として主観的健康観(健康度の自己評価)、positive healthの指標として幸福度を参考にしました。

まず、中央アジア3ヵ国(カザフスタン、キルギス、タジキスタン)とロシアにおける30歳以上の性別・年齢別の主観的健康観と幸福度による有病率を評価しました。良好な健康状態と回答した人の割合が最も少なかったのは、65歳以上のロシア人女性(17.77%)で、最も多かったのは65歳以上のカザフスタン人男性(61.76%)でした。30歳代のロシア人男性の主観的健康観は他国と同程度でしたが、ロシアでは年齢を重ねるごとに良好な健康状態であると回答した人の有病率の割合が顕著に少なくなることがわかりました。以上の結果から、主観的健康観と幸福感の水準が、年齢、性別、国によって異なることが明らかとなりました。

次に、30歳以上の男女の①平均余命、②健康余命、③幸福余命を算出し、30歳時点の数値で比較を行いました。①平均余命については、男性では、キルギス(43.23年)が最も長く、ロシア(39.69年)が最も短く、その差は3.54年であることがわかりました。女性では、ロシア(48.94年)が、キルギス(49.23年)よりもわずかに短く、カザフスタン(48.89年)とタジキスタン(44.33年)が続きました。30歳時の②健康余命については、男性ではタジキスタン(28.80年)とロシア(17.90年)の間で10.90年の差があり、女性ではキルギスタン(29.84年)とロシア(19.02年)の間で10.82年の差があることが判明しました。

さらに、残りの人生の健康な状態で過ごすと予想される割合が、男女共にロシアで有意に低くなることが明らかとなりました。30歳時の③幸福余命については、キルギス(男性40.21年、女性47.08年)で最も長く、ロシア(男性33.23年、女性38.73年)で最も短いことがわかりました。②健康余命と同様に、ロシアの男女は中央アジアの男女に比べて、③幸福余命が有意に短いことがわかりました。これらの結果を相対的に解釈すると、ロシアの男女は幸せな人生の割合(男性83.72%、女性79.14%)が最も低いと判断することができます。

最後に、カザフスタン、キルギス、ロシアを対象として、2011年、2017年または2019年の②健康余命と③幸福余命の変化を調べました。その結果、各国男女共に、30歳時点の②健康余命と③幸福余命に上昇傾向が見られました。②健康余命に関しては、男性では、カザフスタン(4.64年)の増加が最も大きく、次いでロシア(3.72年)、キルギス(1.38年)の順でした。同様のパターンは女性にも見られ、カザフスタン(7.20年)とロシア(5.75年)では顕著な増加が見られましたが、キルギス(1.37年)の増加は小さく限定的であることが判明しました。③幸福余命についても同様で、増加の大小はありますが、各国男女共に③幸福余命が有意に改善したことが明らかとなりました。

本研究では、過去10年間でロシアの②健康余命、③幸福余命の上昇が確認されましたが、中央アジアとロシア間の格差は依然として存在していることが明らかとなりました。これらの結果は、中央アジア諸国がロシアよりも社会経済的発展レベルが低いにも関わらず、ロシアよりも健康で幸福な生活を享受していることを示唆しています。こうした違いの背景は、中央アジア諸国とロシアの生活習慣、宗教、社会的・文化的特徴などのさまざまな要因があると考えられます。

本研究を主導した皆川准教授は「本研究は、健康の定義に関する重要な示唆を与えるものです。通常は疾病の有無で健康状態を測ることが多いですが、世界保健機関(WHO)の定義にもある通り、健康状態のマイナス・プラスの両側面を加味した包括的なアプローチが必要です。日常生活においても、身体の状態だけでなく、こころの健康状態を含めて自身の健康を意識することが重要だと考えています。また本研究により、カザフスタン、キルギス、タジキスタンでは、健康余命に見る国民の健康状態がロシアよりも良いことが明らかになりました。しかし、昨今のロシア・ウクライナ情勢等、今後、中央アジア諸国で国民の健康状態の悪化が引き起こされる可能性もあります。各国政府には、生活習慣の改善に向けた施策や社会保障制度のさらなる拡充を通じ、国民生活の安定、そして健康状態の維持・促進を実現することが求められています」と、コメントしています。

本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科研費(20K22150)による助成を受けて実施されたものです。

論文名および著者

  • 媒体名:Population Research and Policy Review
  • 論文名:A Comparative Analysis of Health Expectancy in Central Asia and Russia: Negative‑ and Positive‑Health Approach
  • オンライン版URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s11113-023-09836-5
  • 著者(共著):Yuka Minagawa, Yasuhiko Saito

本リリース内容に関するお問い合わせ先

上智大学 国際教養学部 国際教養学科 准教授
皆川 友香 (E-mail: ysugawara@sophia.ac.jp)

報道関係のお問合せ

上智大学広報グループ
TEL:03-3238-3179 E-mail:sophiapr-co@sophia.ac.jp

上智大学 Sophia University