コートジボワールのリアルな姿を通して見えてきた国際公務員という将来像

■名前:太田萌々
■学部学科・学年(留学当時):法学部法律学科4年
■留学先(国・大学):コートジボワール・CERAP
■留学形態:実践型プログラム「アフリカに学ぶ」
■留学時期:例)2023年9月~2023年9月

上智大学では毎年多くの学生が日本を飛び出して世界各国に留学しています。言語、文化、生活習慣の違いを乗り越えた先に見えたものとは。留学した学生たちの声を集めました。

-留学に行こうと思ったきっかけは何ですか。

大学の講義でアフリカの学習を深める中で、実際に自分の目で現代のアフリカに触れ、現地の状況を理解したいと感じるようになったからです。渡航時は4年であったため、自分が大学の講義で3年間学び、考えてきたことの答え合わせと、日本とアフリカの国が相互発展できるビジネス形態とは何かのヒントを得、今後具体的なキャリアを考えたいと思いました。

-留学先(国・大学)はどのように選びましたか。

アフリカの国に行ける「アフリカに学ぶ」のプログラムを選択しました。渡航したコートジボワールは、2023年度春学期の開催場所となっていたということもありますが、アフリカ開発銀行の本部があったり、アフリカで事業を展開する企業の中でも日系企業を大きくリードする豊田通商の拠点があったりなど、西アフリカを代表する都市であるアビジャンを訪れてみたいと思っていたため、参加を決意しました。

-留学前に不安に感じていたことはありますか。

初めてのアフリカ大陸への渡航で、健康面や社会情勢の不安定さに影響されないかなどの心配がありました。

-留学のために準備したことはありますか。

自分のテーマとしていた「日本とアフリカの相互発展につながるビジネス形態に必要とされることは何か」という問いを深められるように、渡航前はJETROのプレスリリースや過去の論文を読んだり、政治学的アプローチもできるように国際機関や開発銀行から出されている情報も得たりするようにしていました。 しておけばよかったことは、フランス語の知識を付けることです。JICAのプロジェクトサイトを訪れた際、現地の子どもたちと話したくてもフランス語が分からず身振り手振りでの会話となり、簡単な表現でも覚えておけばよかったと思いました。

-学や学生の雰囲気はどのようなものでしたか。

全日程を案内してくれたCERAPの学生、Emanuelと。日本の浴衣とコートジボワールの伝統衣装をお互いに着ています。

どの人もとても明るく、歓迎の雰囲気に感銘を受けました。大学のホールで大音量で音楽を流しながら一緒にダンスを踊る時間があり、日本にはない開放的な文化と学生たちの明るさに驚愕しました。また、プログラム中、訪問先に毎日8名程度の学生がついてきてくれて、訪問先の案内をしてくれたり、見学を一緒に行ったりしました。バス移動の時間や食事の時間を通して、CERAPの学生さんと仲よくなることができました。

-授学業以外でもっとも力を入れたことは何ですか。

CERAPの中庭にて。Japan day という日本文化の交流会を企画してくださり、日本側メンバーはコートジボワールの衣装を着て参加。折り紙や茶道、浴衣着付を行いました。

CERAPの学生との交流です。学生同士とは言え、初対面の人に、文化的な差異から時には配慮の足りない質問をしてしまう懸念があったため、まずは仲良くなってから、お互いの深い話がしたいと思っていました。結果、CERAPとの学生との交流はプログラム内でも一番楽しく、思い出深いものになりました。

-留学先ならではの魅力や、新たに気付いた点は何ですか。

JICAのプロジェクトサイトにて訪れたAboboという地区にて。パワフルな子供たちのエネルギーとフレンドリーな雰囲気に圧倒されました。

コートジボワールの人々の温かさと歓迎です。治安もよく、過ごしやすいです。コートジボワールにはアジア人は全くといっていいほどおらず、異質な存在であるにも関わらず、怪訝にみるのではなく心からの歓迎を示してくれることが嬉しかったです。また、食事も非常においしく幸せでした。コートジボワールの主食は、アジア人と同じように米食文化をはじめ、パスタやパンなどの小麦料理、アチェケのようなキャッサバ由来のもの、クスクス、芋、など様々でありがたかったです。

-最も印象に残っている出来事や、衝撃を受けたことは何ですか。

アクラからアビジャンまでの距離がすごく近いにもかかわらず(距離的には大阪東京間ぐらいでしょうか)、話される言語が全く違いました。それが今回の留学で一番、植民地支配の歴史を感じた瞬間かもしれません。コートジボワールはフランス語圏ということで、ビジネスの素地は整っていても、このような言語・文化の多様性が他国からの進出の不安材料にされていると感じました。たった数百キロの距離で、この数十年の運命が変わってしまったことに複雑さを感じました。

-留学中のトラブル、大変だった事はありますか。また、どのように乗り越えましたか。

プログラム中に発熱してしまい、現地の病院にかかりました。ワクチンなどは摂取済の状態で渡航するので、特に対策方法はありませんが、「現地の風邪には現地の薬」と言われたように、日本とは処方量がかなり違う現地の薬は熱にすぐ効きました。無理をせず体調を万全にして渡航することは必至でした。

-留学の前後で比較して、成長できたと実感する点や意識が変わった点はどこですか。

ウフェボワニ大学を訪問した問の際の写真。日本文化や日本語を教えている一区画である、“Japan Corner”という場所での一枚です。日本政府の援助で作られた場所らしく、ICTも進んでいました。

自身のアフリカへの興味、関わり方、今後どうすべきかの思考を、能動的に広げることができるようになりました。大学において、座学で情報を得ていたことが積み重なってアウトプットができたこともありますが、自分の立ててきた仮説に対して必ずしも自分の求めた解答を得られるわけではない現地の生の声を知れたことは非常に刺激的でした。机上の空論に収まらない、フィールドワークの重要性を感じました。

-留学に行こうか迷っている人に一言

私は、この留学を通してむこう10年ぐらいのキャリアに検討がつきました。そして、大学入学から憧れていた国際公務員というキャリアを自分事として捉えて進みはじめることができました。実践型プログラムでの経験は上智大学でしかできない貴重なものばかりであることを感じました。自身の研究を深めたい人、自分の興味分野に沿ったフィールドワークを行いたい人、参加を迷っている人はぜひ応募してみてください!

上智大学 Sophia University