人々の営みを整える仕組み。経営戦略は新しい価値創造のための指針

経済学部の網倉久永教授の専門は、経営戦略論です。私たちの生活に浸透したスマートフォンが提供する「新しい価値」とは何か?どのよう実現されているのか?経営戦略論では、新しい価値創造の指針について議論します。

経営の「経」という字は、織物の縦糸に由来し、まっすぐ張った縦糸のように「物事に筋道を通す」ことを意味します。経営だと、人々の営みを秩序立てるという意味になります。経営学は、さまざまな活動、なかでも企業活動に筋道を通すための仕組みを考える学問です。

私が専門とする経営戦略論は、企業の対外関係の基本方針を検討する研究分野です。対顧客、対競合他社といった外向きの関係に目を向けながら、企業がより良い製品やサービスを提供するために何をしていくべきかを考えます。

新しい製品やサービスによって、今までなかった新しい価値が生み出されます。例えばスマートフォンは比較的新しい製品です。2007年の初代iPhone発売以降市場が拡大し、今ではスマートフォン無しの生活が考えられないほど、広く世の中に浸透しています。経営戦略を論じる際に重要な問題は、新しい価値、すなわち顧客の満足がどのようにして生み出されるのかです。

哲学や心理学も、発想の糸口に

研究対象の業種は多岐に渡っていますが、最近はスマートフォンのカメラモジュールに関連する企業に注目しています。スマートフォンのカメラは、レンズもセンサーもそれぞれ異なる企業が製造しています。スマートフォン製造企業だけでは、きれいな写真が撮れる製品は実現できません。関連する複数の企業が協調しながら価値を創造していく一方で、付加価値の取り分を巡っては関連企業間で熾烈な競争が展開されます。企業間での協調と競争も私の研究対象です。

戦略を立案する際には、過去事例の分析が有効です。誰が何を考え、どのように行動したのか、過去のケースを分析し、どのような結果がもたらされたのか検討します。それを理論として組み立て、現在そして将来の企業活動に当てはめながら戦略を立案します。

絶対的な正解はありませんが、たくさんの事例を分析すれば、それだけ理論の信頼性は高まります。深く分析するためには、経営学以外の知識も必要になります。同じ製品・サービスでも、便利だと思う人もいれば、まったく反対の評価をする人もいます。その差を生じさせる原因を、心理学の観点から考察すれば、需要予測や新サービスの開発につながるかもしれません。さらに、そもそも人間にとって満足とは何なのか、掘り下げて議論するためには、哲学など人文科学の素養が役立ちます。

「なるほどそういうことか」世界が違って見える体験

経営戦略論の研究成果は、われわれ研究者だけが生み出しているわけではありません。われわれは、ビジネスの現場で新しい価値を生み出そうと努力している人たちと一緒に考えています。そのため、企業の人たちと直接会って話をする機会を、とても大切にしています。

一見「なぜこんなモノを?」と思う商品でも、現場の担当者が「実はこんなことを考えていて……」と熱い思いを語ってくれることが少なくありません。現場で知恵を絞って考え出したロジックに触れ、「なるほど、そういうことか」と腑に落ちる瞬間、「そんなすごいことを考えていたのか」と感動する瞬間は、何度経験しても心が躍ります。経営学者であることの一番の醍醐味は、世界が違って見える瞬間を味わえることにあります。

この一冊

『The Theory of the Growth of the Firm』
(Edith T. Penrose/著 Blackwell)

ゼミのテキストとして、人生で最初に読んだ専門書です。初めは五里霧中でしたが、格闘しているうちに目からうろこが落ちる瞬間が訪れました。この本で社会科学の奥深さを知り、研究者を志しました。今も折に触れ読み返しています。

網倉 久永

  • 経済学部経営学科
    教授

一橋大学商学部経営学科卒、一橋大学商学研究科博士後期課程単位取得。千葉大学法経学部経済学科専任講師・助教授、上智大学経済学部助教授を経て、2000年より現職。この間、ペンシルベニア大学やカリフォルニア大学などでも客員研究員として研究に従事。

経営学科

※この記事の内容は、2022年5月時点のものです

上智大学 Sophia University