おわりに

上智短大は、時代の要請に応じながら、女子高等教育と語学教育発展の一翼を担い、キリスト教ヒューマニズムと少人数教育を基盤とした人間形成を通じて、約13,000名の卒業生を社会に送り出してきました。卒業生たちは、さまざまな分野で「他者のために、他者とともに」という上智の教育の精神を活かし活躍しています。上智大学短期大学部はその役割を終えることとなりましたが、その精神は卒業生たちによって受け継がれ、これからも生き続けていきます。

最後に、これまで学び舎を巣立った約13,000名の卒業生を代表して、上智大学短期大学部 閉学記念誌『For Others, With Others 1973-2026』に掲載されたメッセージをご紹介します。

上智短大提供
スポーツデイ(1977年)

「私は1976 年に4 期生として入学いたしました。多くの外国人の先生方がキャンパスを行きかい、日本語以外の言語が聞こえてくる環境に胸躍る日々でした。在学中に竹之内教授の授業で出会った「Mother Goose」は、私が英語教育に携わるようになった原点です。Sr. コンセプションのご指導の下、ホノルル市長杯スピーチコンテストに出場し受賞したことも、私の人生の大きな支えとなっています。また、当時初めての試みであった、Sr. コルテスとSr. コンセプションとともに巡るワールドツアーに参加し、文化や習慣が違えどもたくましく生きる世界の人々と出会ったことは、私に物事へ取り組む勇気を与えてくれました。」
(1977年度卒業生)

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オリエンテーションキャンプ(1992年)

「私と同じ1973 年生まれの上短が役割を終えるのは本当に寂しい。でも私には一緒に卒業して30 年を超えた今も連絡を取り合う多くの同級生がいて、彼女たちと会えば世界のどこででも楽しかった秦野での時間を再現可能だ。何よりもありがたいのは、これが過去の楽しい思い出で終わらず現在進行形の宝物だということ。これからも宝物たちとの時間を大切に、楽しく前に進んでいきたいと思っている。」
(1993年度卒業生)

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スポーツデイ(2007年)

「短大生活で思い出深い事は、近藤ゼミに在籍した事です。在籍後は、近藤先生に言語学についてご指導を頂きました。1 番身近である言語についての追求は非常に興味深いものがあり、気心知れたゼミ生や近藤先生は今でも私の心の支えです。

卒業後は、母と同じ志望企業に就職する事が出来て、現在も勤務しております。2 度の産休、育休を経て今もなお常に心に留めている事があります。それは、シスター小林に教えて頂いた人間学です。人間学という授業は、当時の「私」という人間を見つめ直すきっかけとなりました。多様な価値観を理解し共生の道を切り開くという考え方は今でも私の糧となっています。」
(2008年度卒業生)

上智短大提供
412教室(2025年)

「私は、「生きる意味」と「大学生の思い出」の発見に期待しながら2023 年にこの学校へと入学しました。ここでの2 年間には、多くの喜びと困難がありましたが、それらすべてが私の成長に繋がる大切な経験となりました。

私は東日本大震災の被災者であり、津波により祖母を亡くしました。この出来事は長く私の心に影を落としていましたが、短大での学びを通じて、その経験をどのように意味づけるかを考えるようになりました。授業で生と死、平和、他者貢献について深く考え、自分自身を見つめ直す機会を得ました。そして、被災者としての経験を過去のものとするのではなく、それを糧に世の中に貢献したいと強く思うようになりました。「他者のために、他者とともに」考え、行動することこそが私の生きる意味だと気づくことができました。」
(2024年度卒業生)