第4回 あの人に会いたい

第4回 故クラウス・ルーメル先生 元上智学院理事長

2011.08.02

今もつながっている・・故クラウス・ルーメル先生(元上智学院理事長)

2011年3月1日に94歳で帰天された上智学院元理事長クラウス・ルーメル先生を偲び、
南條俊二さん (1969年 大学・外国語学部英語学科卒業)に、思い出をお寄せいただきました。

寄稿:南條 俊二 さん 1969年卒業(大学・外国語学部英語学科)

クラウス・ルーメル先生
1985年に勲三等旭日中綬章を
受賞されました

 ルーメルさんとの50年近いお付き合いのなかで、私には「大学の教師と学生」という経験が無い。私の学生時代は最初の上智学院理事長の職を終えられ、ドイツ、日本の幅広い人脈を生かして大学に必要な資金を調達する渉外室の責任者をされていた。私が在籍していたのは外国語学部英語学科・国際関係副専攻で、ご専門の教育学の単位をとることも無い、ドイツ語も習わなかった。

 ご縁が出来たのは、上智新聞である。入学したのは1960年代なかば。ベトナム戦争が続き、70年の日米安保条約改訂を控えて、左翼系団体の反対運動が各地の大学にも持ち込まれ、学内は騒然となっていた。入学した年の秋に上智新聞の創刊に参加した。左翼系学生集団とこれを押さえ込もうとする大学当局にはさまれて、公正な報道を貫こうとする新聞のスタートには大きな困難が伴った。上智新聞の運営委員長として、外部のさまざまな圧力をはねのけ、公正な報道で大学の健全な発展を支えるために、われわれ編集部員を守ってくれたのが、ルーメルさんだったのだ。

 そればかりでない。春夏の研修合宿には欠かさず参加され、山登りなどのレクリエーションも一緒に楽しまれ、打ち上げコンパで、お得意のフルート演奏を披露してくれたこともあった。大柄で、眼光鋭いこともあって、近寄りがたいというのが、第一印象だったが、お付き合いしていくうちに、やさしく、ユーモアにあふれた、父親のような存在になっていった。何かと言えば、話しに行き、告解を聴いてもらい、食事をし、私の結婚式のミサも、子供たちの結婚式のミサもお願いするという、一生のお付き合いをさせていただいた。

1967年夏の上智新聞合宿(長野県にて)
後列右から4人目:ルーメル先生、前列右端:南條さん

 中でも深いお付き合いができたのは、亡くなるまでの一年間あまりだった。私が、バンコクから帰任したのは昨年の暮れだが、それ以前から本の準備をしていた。高校3年のときに洗礼を受けて以来、日本のキリスト教で当然のように使われている「神」という言葉にしっくりしないものを感じ続けていた。なぜ、いつから、日本のキリスト教で「神」が使われるようになったのか、もとの言葉は何で、何を意味する言葉だったのか、その疑問を解きたい、というのが、執筆の動機だった。

 おおまかな構想がまとまった段階で、東京に一時帰国した際に、ルーメルさんに何回も相談した。私の疑問、問題意識は誤っていないだろうか、疑問を解く鍵はどこにあるのだろうか。問いに対して、ルーメルさんは私を励まし、さまざまな示唆を与えてくださった。戦時中にカトリック教会は「神」を「天主」と言い替えていたこと、英語のGODの起源はゲルマンの一部族で作り出され言葉にあること、昔のイエズス会の神学校では旧約聖書の言葉であるヘブライ語の授業があり、「YHWH」も教わっていたことなどなど。
 本は、亡くなられて3ヵ月後、今年の6月に「なぜ『神』なのですか」(燦葉出版社)というタイトルで出版した。この分野で素人の私が、その内容に自信を持って世に問うことが出来たのは、ルーメルさんのお陰だ。感謝を込めて、巻頭にお名前を載せさせていただいた。

ルーメル先生還暦のお祝会にて

 亡くなられた後、ルーメルさんが13年前に出された「カトリック信仰を生きる」(聖母文庫)を読み返し、素晴らしい発見をした。これまでまったく気づかなかったのだが、「神の名は?」という章に、ザビエルが日本でキリスト教の布教を始めた時にどのような言葉を使って布教すべきか苦悩したこと、「神」という言葉は明治になってキリスト教で使われるようになったが、戦時中は、教会の名称、典礼、祈祷書まですべて「天主」に書き換えられていたこと、旧約聖書で「神」はモーゼに対し、自らが「存在そのもの」「すべてのものの起源」であることを示されたこと、などが書かれていた。私が抱いていた疑問の多くに、すでに答えを出されていたのだ。

 そればかりではない。この本には、75歳の時にシナイ山でご来光を迎えられた場面が出てくる。「頂上は平らで、しかもひどく寒い場所です。・・5時ちょっと過ぎに波を打つような山脈のかなたの水平線に真っ赤な太陽が現れ、言葉では言い尽くせない景色を見ました。キリスト教徒も、ユダヤ教徒も、イスラム教徒も皆・・同じ唯一の全知全能の存在を拝んでいるのです」。本にも書いたが、私も、厳冬の奥多摩の山に沈もうとする太陽の中に、あらゆる宗教を超えた「存在」を体験していたのである。
 亡くなった後も、ルーメルさんと時間と空間を超えてつながっている。今、それを実感している。

南條俊二 1969年上智大学外国語学部英語学科卒、元読売新聞論説副委員長、現国際協力機構客員専門員

クラウス・ルーメル/Klaus Luhmer先生 プロフィール
クラウス・ルーメル先生

元上智学院理事長。
1916年生まれ/ドイツ連邦共和国。
1953年より文学部教育学科助教授。1957年同教授。1987年上智大学名誉教授。
教育学入門、比較教育学等を担当。専門は西洋教育史。教育学専攻主任、総務担当副学長、ドイツ語圏文化研究所長等を歴任。
58年~65年および87年~92年の2回にわたり上智学院理事長を務める。
日本モンテッソーリ協会名誉会長、日本カトリック教育学会顧問。
2011年3月1日逝去。


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